自然農・ちょっと笑える苦労話
by Michiko
イノシシと接近遭遇?
山の段々畑を拓いて間もないころからイノシシがお出ましになるようになり、怖くてゴルフクラブを握り締めて畑に通う毎日。でも、そのうち慣れてしまい、人がいるときは向こうが遠慮して現れないんだ、と安心してゴルフクラブを手放したそのころ、それは起こりました。
畑に入ってすぐ、10mほど先の林から、枯れ枝を踏むバキバキという足音と、荒い鼻息。そして、木の間ごしに確かにイノシシの姿を認めた途端、例の猪突猛進のド・ド・ドッという足音が・・・。一瞬凍りつきましたが、なぜか足元にあった空のゴミバケツを取り上げ一目散に逃げ出しました。ゴミバケツなんか置いて逃げればいいのに、と頭の中で思いながら。ころげまわって坂を走り降りているとバケツの蓋が落ち、するとなぜかまたそれをひろって走る。またまた、こんなもの拾ってる場合じゃないのに、と思いながら。
そんなことがあってから間もなくして猟が解禁になり、猟犬の吠え声が聞こえ出すとともにイノシシは現れなくなりました。大きなイノシシが捕まって牡丹なべにしたとか、肉が何十万円で売れたとかいう噂を聞くと、もしかしてあのときのイノシシでは、と思い、なんとなく心配になったりしました。
植えかえるたびに荒らされたサツマイモを収穫間際に遂にひとつ残らず食べられたり、せっかく実った黍の上でゴロゴロ遊びをして倒してしまわれたり、ほんとにイノシシには泣かせられましたが、それでも鉄砲でうってしまえ、なんていう気には一度もなれず、姿がみえなくなったらなったで、無事なのかなあと、ちょっと心配になる。半年近くの攻防の間にイノシシとの間に不思議な喧嘩友達みたいな感覚が生まれたような・・・。
そして、先月再び畑でイノシシの足跡を見つけたときには、ああ、無事に生き延びたんだ、とほっとしたりして。そのくせ、これでまた、イノシシと果てしない攻防戦を繰り広げることになるのか、とちょっと頭の痛い思いことでもあります。


イノシシの入り口と思われるところをトタンで塞いでいます。
でも、入ろうと思えば、どこからでも入れます。
よその自然農の畑でも、
トタンを飛び越えて入ってきたりするそうです。
穴を掘った土を盛ってそれを踏み台にして乗り越えてくる
知恵者もいるとか。




畝のところに手袋を竹にさしています。
イノシシは人間のにおいがするとこないそうです。
テンプラ油をまくといいという話もあります。
髪の毛をまくのもいいそうですが、
これはちょっと気味が悪いですね。
顔で笑って心で泣いて・・・
野菜つくりを始めるにあたって「農薬・除草剤・化学肥料を使わない」というのが当然の大前提でした。なんの知識もなくすべて手探りではじめたころ、プランターにラディッシュ(二十日大根)の種を蒔いて自宅の裏口に置き、毎日欠かさず水をやっては飽きず眺めて大きくなっていくのを楽しんでいました。
その年の秋は気温が高く雨が多くてまるで梅雨のような日が続いていましたが、そのせいか虫の多い年でした。私の大事な大事なラディッシュにも虫がついて見るも無残な姿になり、いろいろ聞きまわったところ「木酢」が安全で効果があるということだったので、早速買ってきて薄めてスプレーしました。翌日、葉っぱに白い粉のようなものが乗っているのをみて、木酢って結晶するんだ、と思っていました。
ところが、その日、近所のおばあさんがやってきて、笑顔で一言、「虫がついとったけん消毒しとっちゃったよ」……そうです。あの白い粉は殺虫剤だったのです。このときやっとの思いでどもりながら「あ・あ・ありがとうございます」といった私の顔は笑顔も相当ひきつっていたはず。ショックを隠すのに一苦労でした。
あまりあからさまにしては好意を傷つけると思い、2〜3日してから、プランターを人目につかないところに(日当たりは悪かったけど)引っ越しさせたのでした。
私の住んでいるところは農業はもう辞めているお宅も多いけど、そういうお宅でも自家用の野菜をおじいちゃんやおばあちゃんが作っているところがほとんでです。その方たち(うちの義母も含めて)の「農薬・化学肥料がないと野菜はできん!」という絶対の確信。あれはいったいどこからくるのか、農協さんのたゆまぬ教育活動の賜物でしょうか、驚くばかりです。
そういえば私も子供の頃、たしか小学生の理科の教科書だったと思います。野菜は「チッソ・リンサン・カリ」で育つ、と教わりました。その教えのもと、三大化学肥料が大量に畑に投入されたのですね。そしてそれが流れ出して川や海を汚染しつづけている。 今、自然農に親しんでみて、そんなもので健康な野菜は育たないとはっきりわかります。命のない化学合成物質に命を育むことはできません。

虫たちに「益虫」・「害虫」と勝手なラベルを貼ったのは人間です。
虫たちはただひたすら自分の命をまっとうしようとしているだけなのに。




自然農には益虫・害虫の区別はありません。虫も一緒に育てます。たくさんの命が畑に集まって、命が命を産み、命を育てていく…それが自然農だと思います。
といっても大量発生して野菜が全滅しそうなときは?…そういうときは手でつぶします。とても申し訳ない思いです。去年の夏から秋にかけて「ニジュウヤホシテントウ」が大発生してナス科の野菜はほぼ全滅でした。それを食い止めたくて、どれほどのニジュウヤホシをつぶしたことか。きっと崇りがあるだろうな、と思いながら。


求めよさらば与えられん!
自宅の庭で野菜を作っていた義母に頼んで分けてもらった畳一畳ほどの畑。そこと、プランターが私の野菜作りの始まりでした。それだけではあまりにも狭く、畑がほしい、畑がほしい、と思う毎日。そんな時、突然義母が長期入院をすることになりました。退院してもとても畑仕事ができるような病状ではなかったので、畑を荒らすより私が作ったほうが義母も喜ぶだろう、と勝手に決めてじゃんじゃん自分流に作り変えていきました。(チャンス!なんて思っていませんよ。ほんとです。でもほんのちょっとだけ頭をよぎったかな。ナイショ、ナイショ。)一日も早く残留農薬、残留化学肥料がなくなりますように、と祈りながら・・・
ところが、始めは広いと思っていた畑もあれを植え、これを植えするうちにすぐに手狭になってきて、またもや畑、畑、と喉から手が出るほどにほしくなったのです。もともと所有欲は少ないほうだと思うのですが、なぜかこのときばかりはなんとしても欲しい、そんな思いでした。それも、会社勤めの合間に畑仕事をするのですから、家の近くでなければなりません。どこか適当な畑はないものかと考え続けていたそんなある日の朝、庭に出てみて驚きのあまり立ちつくしました。なんと、庭続きの草茫々の空き地だったところが、きれいに耕されて畑になっているではありませんか。まるで、畑が私に向かってここよ、ここがそうよ、と言っているみたいでした。そうか、そういえばここはもとは畑だった!早速持ち主の近所の方にたずねたところ、荒れたままにしておけないので耕しただけで、何も植える予定はないとのこと。自由に使っていいですよ。と言われ、天にも昇る気持ちでした。これで、とうとうサンデー・ファーマーとしては充分な土地を手に入れることができた!喜び勇んで早速畝つくりをすべく、鍬をかついで畑に繰り出したのです。
ところがあけてびっくり玉手箱!一鍬ごとに畑から出てくるのはビニールやマルチの切れ端、さびた鉄パイプ、それに一面に張った木の根っこ・・・実はここは10年ほど前にビニールハウスが建っていた場所だったのです。石油合成製品は何年経とうと決して土に戻ることはないということを実感しました。
こうして、これからの数ヶ月、私はこの畑で取っても取ってもなくならないビニールと格闘する羽目になったのです。
この続きはまた次回・・・



求めよさらば与えられん!(続編)
畑をやってみたいけど土地がないから、とあきらめている方も多いのではないかと思いますが、最初からあきらめちゃだめですよ。今は農家に後継者がいなくて土地が荒れたまま放置されているところがたくさんあるようです。求めよ!さらば与えられん!です。まずは欲しがって探してみることです。私の場合は欲しがったら途端に手に入ったように見えるけど、手を伸ばせばすぐに届くところにありながら、そこに行き着くまでに二十数年かかったことを思えば、人一倍の回り道だったようです。
さて、借りた畑でビニールと格闘を続けた一冬の間に、「自然農」というものがあることを始めて知りました。「自然農」って何?俄然興味が沸いて福岡正信さんの本を読んだり、見学会に参加したりするようになったちょうどそのころ、二、三日留守にして戻ってきて庭の畑をみて愕然としました。一面に白い粉がふってあるのです。化学肥料でした。そして義母からこれからは自分の指示に従うように!ときついお達しがありました。
とんでもない、これだけは譲れないと、農薬や化学肥料を使う農業をするつもりはないとお断りして、庭の畑は義母にお返ししました。すると、借りた畑だけになってしまい、またまた畑が欲しくなったのです。そして遂に「あそこは絶対無理だ」といわれていた30年間放置されて雑木林になっていた山の段々畑に入る決心をしたのです。考えてみれば義母のお陰で決心がついたのだからありがたいことです。
結婚してこの土地にきて23年がたっていました。その存在は知っていたけど行ってみたこともなかったその場所。生い茂った木の枝をを切り払いながら丘の道を登りきると、アーチ状に木が茂った場所があり、そこを抜けるとその一画だけはあまり丈の高い草もなく、日のあたる場所に出ました。一歩足を踏み入れたその土の柔らかさ!「いらっしゃい!遅かったね、ずっと待ってたよ」と声が聞こえたような・・・これが“MICHIKO FARM”の始まりでした。


ビニールと悪戦苦闘したこの畑も少しずつ作物が実るようになり、今年は古代米を育ててみようと(「減反なんてクソクラエ!」なんていうほどの広さでもないけど・・・)、赤米と黒米の苗代をつくりました。






ウサギさんったら、かわいい顔しちゃってもう!
今年も去年と同じように大豆を蒔き、去年と同じようにウサギさんに食べられました。来年は網をはるとか何か対策をしよう、と思っていたんですが、今年何をする時間もなくて、蒔きっぱなしにしてしまいました。でも、順調に育って、去年は早いうちからウサギに食べられたのが、もう実もついてきたのでウサギさんはいなくなったとすっかり安心していました。
それが、ああ!やっぱりウサギさんは今年も健在だったのです!
この光景を目にしたときはガックリきて腹もたったのですが、後ろ足で立ち、ほっぺたをいっぱいに膨らませて、口をモグモグやっている姿が目に浮かんで怒るに怒れなくなってしまいました。
せめて、聞いてみたい。「ウサギさん、自然農の大豆の味はどうだった?他と比べておいしかった?」


きれいに茎だけ残して舐めるように葉っぱを食べてしまっています。今年初めてセロリの苗を5本だけ植えたのですが、これも3本誰かに食べられています。多分同一犯人でしょう。
こうしてみるとなんだか私は猪と兎とニジュウヤホシテントウのために野菜作りをしているような・・・
いやいや、そういつまでも甘い顔はしていられないので、あわてて網で囲いました。またおいしい葉っぱが出てきてもウサギさん、今度は見てるだけにしてね。




イバラの道
今年に入ってからまた開墾に精を出しています。去年の初めに大型機械で開いた畑が土が堅くて野菜があまり育たず、2月になったらジャガイモを植える場所がないと思い、もう機械を使うのは懲りたので元日から手作業で開墾を始めました。娘と二人、小雪の舞う寒い日も鍬を振るって頑張っています。今時、耕耘機も使わない畝づくりなんて、と聞いた人はびっくりするでしょうね。私自身、やってて時々、なんで自分はこんなきついことやってるんだろう?なんて思ったりします。自然農への深い思いに突き動かされて、かな。そして娘は「これが軌道に乗ったらお小遣いを上げてあげる」という私の言葉に乗せられて。
イバラのトゲに刺されながら、あたり一面葛の根が張った土を掘り起こしていくのはほんとに大変な作業。ガラスの腰は今にも砕けそう。“根をあげる”という言葉の意味を噛み締めながら、少しずつ少しずつ畝を作っていきます。Michiko Farmの前途は文字通り“イバラの道”。
だけど何故か充実感みたいなものがあるんです。会社に勤めていた頃感じた、パソコンで超込み入った書類をつくらなくゃいけないときのうんざりするような気持ちを、これから拓こうというイバラだらけの土地を目の前にするとやはり感じるけど、でもやりだすと会社での仕事で感じた空しさみたいなものはまるでないのです。これが私に用意されていたライフワークなんだと感じます。ここに作物が豊かに実る日を夢見ながら明日も頑張ります。(2002.1.13)


今日から開墾を始めた場所です。これは鍬を入れる前の様子。一面イバラが生い茂り、足を踏み入れるのも躊躇されましたが、今日だけでなんとかイバラを取り除くことができました。




“風通し”ということ
6月に足を骨折してしまいました。ギブスだなんだと二、三日モタモタしている間に、梅雨時の畑はあっという間に何を植えていたかもわからないように草に覆われてしまいました。長靴の履けないギブスの足に工夫を凝らした特性の靴を履き(この姿は見もの!ギブスをスーパーのビニール袋で覆い、お風呂掃除用のピンクの靴の上のほうを切りとって足が入るようにして履いている)、草刈鎌を片手に畑にうずくまって草刈を始めました。でも、丈の高い草に覆われてすっかり風通しの悪くなった畑では、草の中でせっかくの野菜が腐っているものもありました。
そしてギブスで風通しの悪い私の右足には湿疹ができ、菜箸をつっこんで掻く始末です。本当に「風通し」の大切さを身を持ってしりました。「風通しが大切」っていうのは人間関係でもいえますよね。家族や友達、職場の同僚の間でも、梅雨時のような澱んだ空気が流れないよう、爽やかな風が吹き抜けるような関係を保ちたいものです。
さて、「草を敵としない」自然農では草を刈り過ぎてはいけません。でも「風通しの大切さ」を身を持って知った私は、この梅雨の時期はまめに草刈をしなければ、と毎日草刈に精を出していますが、お陰で草刈鎌を持つ手は痛くて痺れてきました。会社を辞めてちょうど一年。会社にいるころ「パソコンのしすぎで腱鞘炎だぁ!」と言っていた私が、今は「草刈のしすぎで腱鞘炎になりそう!」です。このギャップ、笑っちゃいますね。(2002.7.13)


すっかり草に覆われた畑。畑中の草を刈ってホット一息ついた時には、最初に刈ったところがもうすでにこの状態です。




千里の道も一歩から
一年が過ぎ、また、開墾の季節がやってきました。
冬ごとに少しずつ開墾して、雑木とイバラに覆われていたmichiko-farmもついにその全貌を現すときが間近となったようです。真冬というのに汗を流し、鍬を使って腕が痛くなったり、イバラのトゲに刺されて傷だらけになったり、いや、我ながら実によくやりました。“これって、女性の仕事じゃないよねぇ”とつぶやきながら、“千里の道も一歩から”と自分に言い聞かせ、でも同時に私ってすごい!とても○○歳の体力とは思えない!と感じたり、そして最近ではチェーンソーも使えるようになりました(これは腰に来ます)。
肉体的にはとてもきつい作業ですけど、そんな中である種の言葉の意味することにハッと気づいたりすることもありました。例えば葛の根を起こしながら“根をあげる”という言葉が身にしみたり、“根絶やしにする”ということがどんなにいけないことかに思い当たったり。“肉体労働”と簡単にいうけれど、けっこう“精神労働”だったりしました。身体を動かしながらいろんな物思いに耽るというのは意外と充実した時間です。
あともう少し、多分この冬の終わる頃にはあの丘が30年前の状態ににちかいくらいまで畑にもどると思います。でもそれは猪や野うさぎや鳥たちの心地よい棲家を奪うことでもあると思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいです。私は侵略者です。せめてそのことを忘れないようにしたいと思います。(2003.1.23)


雑木を伐採して、段々畑の一番上まで見えるようになりました。これでこの春からは日当たりが良くなり、作物もよく育つでしょう。



ハチの手伝い
ウリ科の野菜はハチが受粉させます。でも、ズッキーニは人が受粉させてやらないと結実しないことが多いようです。2年前始めてズッキーニを植えましたが、根元が膨らんだ雌花が開いて、少し実が大きくなったと思うとそのまま腐っていくことが続きました。人が受粉させた方がいいと聞いて、去年からは朝早く起きてハチの手伝いに畑に出かけています。気をつけて見ていると確かにズッキーニの雄花はいつも花粉がいっぱいついているのに、カボチャやトウガンはほとんど雄花に花粉がついていません。どうも私が行ったときにはすでにハチが一仕事終えているようなのです。ハチはズッキーニの花粉はあまりお好みでないようですね。
ところで、ズッキーニは今年緑色の実が成る“ダイナー”と、黄色の実が成る“オーラム”の二種類を植えています。ところが、受粉させて始めて収穫したズッキーニは緑と黄色のまだら模様!オーラムの雌花にダイナーの雄花の花粉を受粉させてしまったのではないかな、と考えています。「遺伝の法則」なんてのを昔々学校で習ったけれど、霞の彼方に霞んでしまっており、ほんとの理由はわからないけれど、私はハチとしてはまだまだ未熟者ってことにしときましょう。('04.07.18)

緑と黄色のまだら模様のズッキーニ




今育っているオーラムの実。これはバナナみたいに全体黄色です。

懲りない女
もうじき収穫できそうに育った立派なカボチャを2個と、ズッキーニを3本何者かに盗まれました! 犯人は多分イノシシ。カボチャもズッキーニもやっと今年まともな収穫がありそうだったのに・・・。ショックで吐き気がしました。
こんな落ち込んだ日に振り返って考えてみると、雑木林にもどった段々畑を少しずつ開墾し、およそ考え付く限りの種を蒔き、芋を植え、自然農を続けてきたけれど、イノシシやウサギやアナグマに持っていかれたものも多く、また、このところの異常気象で思うような収穫が得られなかったものがほとんどで、“労のみ多くて実り少なし”といった4年間だったような気がしてしまいます。
でも、それでも懲りずに自然農を続けてきたし、これからも間違いなく続けていくことになるけど、それはいったい何故なんだろう?私を懲りさせない自然農の魅力ってなんなんだろう?
思うに、自然農には目に見える収穫が少なくても目に見えない収穫がいっぱいあるからではないのかな?精神的に得るものがとても多かった。自然農って単なる農法ではない気がします。ほとんど哲学といってもいいくらいです(哲学の意味も解らずに使っていますが)。そこから学ぶものは計り知れない。そして、学ぶだけでなく慰めと元気と豊かな感性も与えられる。全てお金では買えない大切なものばかり。
そしてたくさん採れることはないし、採れたものはどれも小さいけれど、その味!その旨さ! 大きな声では言えないけれど自然農で採れた野菜と普通の野菜を食べ比べるのが私の密かな楽しみですが、そこには全く愕然とするほどの差があります。有機栽培の野菜でさえ、自然農の野菜のおいしさとは比べ物にならない。
・・・というわけで、今回の落ち込みも半日で解消。“懲りない女”は明日からもまた自然農で頑張ります。カボチャもズッキーニも4年間だめでも、5年目があるさ! だってイチロウも確か言ってた。「4打席ノーヒットでも、5打席目が回ってきてまた打席に立てる、と思える自分が好き」だって。それじゃぁ、イチロウは“懲りない男”? そんな失礼な! あちらはさしずめ“めげない男”でしょうか?(2004.7.29)


イノシシと思われる犯人はここにあった立派なカボチャをその場で食べ尽くし、種だけ残して行きました。




“根”のつく言葉
“根”起こしで“根”を上げ、“根負け”してぐうの“根”も出らん・・・おっと、最後の“ネ”は“音”かな?・・・
などと朦朧とした頭で考えながら畝つくりをしています。畝つくりといってもうちの畑は30年間放置された間に雑木林に戻っていたので、ちょっと鍬を入れると写真のような状態。なかなか大変な作業です。梅雨時の草刈りと、夏場の畝作り、うーん、どっちが厳しいか判断に困るところです。とにかく、“根気”と“根性”が必要。そのどちらも持ち合わせない私は“千里の道も一歩から”と自分に言い聞かせながら頑張っているのですが・・・。
夕方の2時間程度、毎日続けて少しずつ、少しずつ畝が伸びて行っています。“根気”も“根性”もない私にこれが続いているわけ、それは多分“根絶やし”という言葉が嫌いだからかな? だから完璧な畝を目指さず、少々根っこが残っていようと目をつぶっていい加減なところで切り上げています。だからその畝には種を蒔いてもすぐにいたるところからイバラや葛の芽が出てきますけどね。いいんじゃないですか、自然農らしくて。(2004.8.11)


こんなイバラや葛の根っこがそこらじゅうを這い回っています。




イノシシに子守唄を!
この秋は本当によくイノシシがお出ましになります。ほとんど毎夜のように現れて畑を荒らして行きます。種を蒔いたばかりの畝も、芽が出揃った畝も、やっと大きく育ってきた畝もおかまいなし。あっちもこっちも掘り繰り返してミミズ採りです。
畑を始めて5年になりますが、こんなのはいまだかつてありません。さすがの私も甘い顔ばかりもしていられないかな?という気になるときがあります。ほんと、「イノシシ賛歌」なんか歌いよう場合じゃないっちゃけど・・・といいながら、なにも手を打たずにずるずると11月も半ばにさしかかりました。
ここまでくれば、あともうちょっとの辛抱です。もうちょっとだけお付き合いすれば、イノシシはいなくなるんです。猟が始まって鉄砲で撃たれてしまうのか、冬眠に入るのか、毎年12月にはお出ましが無くなるようなんです。ところで、イノシシは冬眠するんでしょうか?これが目下の私の気がかり。冬眠する動物と言えば、自信を持って言えるのははずかしながらクマだけです。なんとなく、寒いところの動物が冬眠しそうな感じ。イノシシは日本全国に居そうだからどうなんでしょう。西表島もイノシシで有名だけど、あんな暖かいところでは冬眠なんて必要なさそうだし・・・。希望としては是非とも冬眠してほしい。それも早いとこ、猟師にやられる前に。もう、しこたまミミズを食べてお腹もいっぱいのはずだし。
ところで、イノシシにやられっぱなし、という皆さんに朗報です!もしかしたら私はとっても素敵なイノシシ除けの方法を発見をしたのかも、なんて思っているところなんですよ。それはね、“ニラ”です。イノシシはニラの臭いが嫌いなんじゃないかと思われるんです。というのは、このごろ“花ニラ”の株分けをしていたのですが、植える場所がなくて、「ニラは混植するのに適している」と聞いたことがあるような気がして、あちこちの畝の周りを縁取るように植えていっていたんです。そしたら、ふと気づくと、花ニラを植えた畝はイノシシが荒らしていないんです!これ、どう思われますか?単なる偶然?
もちろん、もう少し様子を見ないとなんとも言えないのですけど、そうこうしているうちにイノシシの出番が終わりそうだから、結果は来年の今頃まで持ち越しですね。
イノシシよ、早くおやすみ!(2004.11.10)


鼻を鳴らしてやってくるヤツは、こんな風に掘り繰り返してミミズを食べてます。自然農の畑はミミズの宝庫だから、わき目も振らずにミチコ・ファームにやって来るようです。




花ニラの結論
前回お話した“花ニラがイノシシ対策に有効か?”という問題に、早くも結論が出ました・・・効果、全くなし。この秋毎晩のように出没しては畑を荒らしてミミズを貪ったイノシシは、遂に11日から12日にかけての深夜、大挙してミチコ・ファームを襲いました。花ニラもなにもかも踏み荒らし、ダイコン、カブ、ニンジン、ゴボウ,小松菜、etc.etc.の畝をそこに何が育っていたのかもわからないほどに掘り返して行きました。
再起不能なほどに凹んだ私は、遂にこれはなんとか手を打たねば、という気になり、対策を考慮中です。多分犬を飼うことになると思います。夜、その犬は畑に繋がれます。大きくて獰猛で、それがそこに居るというだけでイノシシも恐れをなして近づかないような犬です。ちっとも可愛くない、野生的な犬。狼の血が混じったような。そんな犬、知りません? えっ、そんな犬じゃあ、飼い主もビビるって? 覚悟の上です。私、今度こそ、イノシシ対策に不退転の決意で臨んでいるのです。(2004.11.14)


予定していた収穫の大半を奪われ、遂に甘い顔ばかりしていられなくなりました。




消費者の皆さん!お願いです!
つい、今しがたNHKで“オオマルハナバチ”の害についてのレポートが放送されました。オオマルハナバチとは繁殖力の強いヨーロッパの蜂で、ハウス栽培(主にトマト、特に北海道で)の際の受粉目的で大量に輸入されているものですが、それがハウスから飛び出し野生化して日本固有種の蜂を絶滅へと追いやり、ひいては日本固有種の蜂と共存関係にある日本固有の植物をも絶滅へと追い込んでいる、というのです。農家は後継者不足、人手不足のためそのオオマルハナバチなくしてはもはや野菜のハウス栽培は不可能と言い、国は法律の制定にあたって、環境保護を優先するか、農業を優先するかで揉めているらしい。そして、日本の農薬メーカーは日本固有種の蜂をオオマルハナバチに負けないほど繁殖力の高い蜂にするための改良に勤しんでいるとか(オオマルハナバチを環境に問題を招くと解っていながら農家に売って儲けたのは誰?)。
私はこの番組を見ていて猛烈に腹が立ってきた!そして、終いにはばかばかしくなってきたのですが・・・。なんで?ばっかじゃないの!なんだって蜂を外国から飛行機で何万匹も輸入するなんてことになったのか。その本当の原因に目を向けて欲しい。天下のNHKともあろうものが、朝日新聞と喧嘩してる暇にもっと日本の食について考えたらどうなの?
そもそもなんで農家が蜂を輸入してまでハウス栽培をするのか、北海道でトマトを作ろうとするのか?−−−それは、冬にトマトを食べたがる人がおり、ハウスで時期をずらせて作った冬のトマトが高く売れるから。北海道の人が露地では栽培不可能なトマトを食べたがるから。
日本ではお金さえ出せば季節に関係なく、地域に関係なく、いつでもどこででも食べたいものが食べられる。それが大きな間違い!そうやってお金でいびつな食欲を満たそうとする日本人一人一人が今の日本の食を間違った、危険なものにしてしまった。“真土不二”“地産地消”。“旬”を尊び、“季節”を喜び、土地土地の気候・風土にあった食べ物をいただいていれば、そもそもハウス栽培など必要ではなかった。農薬も肥料も必要ではなかった。もちろん、ヨーロッパの蜂も・・・。
だいたいですね、冬のトマトっておいしいですか?まずいでしょ?北海道の方!そちらにはトマトはなくても北海道でしか味わえないおいしいものがいっぱいあるでしょ?タラバガニやケガニなんか北海道で食べるからこそおいしいのであって、あれを宅急便で福岡に送っても北海道で味わったおいしさは決して味わえないんですよ。
自然農に出会えて良かった!私はうちの畑で、“耕さず、虫や草を敵とせず、肥料・農薬を用いず”に収穫できた、小さくて見栄えは良くないけど、自然の恵みそのものであり、環境や健康に何一つ問題を招かない野菜を、自然に感謝しながらありがたくいただくことができる。
残念ながら自分で農に携わることができない皆さん!でも、日本の食を正常に戻すことができるのは皆さんです。自然の状態ではありえない野菜を欲しがらないでください。そして、値段だけで決めず、ハウスや農薬を使わずに頑張っている農家が作った野菜を買い支えてください。日本の農を本来あるべき姿に変えることができるのは消費者の皆さん、皆さんの力だけなんです!(2005.1.24)


今回は怒りに任せ、酔いの力を借りて書いてしまい写真もありません。




Ah!ヤセ・ガマン?
数年前から体重が減り始め、すっかり痩せてみすぼらしくなりました(でも、体調はいままでになくとても良い。周囲からは美智子さんは癌だ、と思われているらしいけど)。太りたくて大食いしているのに太れない。
去年までは夏になると痩せ(農作業で大量に汗をかくから)、でも冬には“三歩進んで二歩下がる”くらいで、いくらか体重を取り戻していたのですが、今年はアシタカが来たせいで(アシタカの散歩できたわれている)冬になっても減り続け、今の時点ですでに去年の夏の体重を切ってしまった・・・ということは今年の夏はいったいどうなることやら?
ダイエットに苦労している貴女!自然農をして四足動物の肉と砂糖を止めて御覧なさい。怪しげなダイエットなどしなくても間違いなく痩せます。仕上げに犬を飼うことです。それも紀州犬。雄がお薦め。これであなたのダイエットは完璧です!(2005.5.3)


アシタカと私。アシタカの体重の増加に反比例して私の体重は減っていく・・・




何のために?
畑での作業があまりに辛いと、つい、「私は何のためにこんなことをしているんだろう?」と思ってしまいます。最近も5月以降雨がなくて遂に畑の灌水を始めたのですが、これは実は「これだけはごめんこうむりたい」と思っていた作業でした。きつい!とにかくきついのです。おまけにこのとき私は大昔にできていた足の“ヒールだこ”が悪化していて(大昔、私にもハイヒールというものを履いていた時期があった)、普通に歩くこともままならない状態でした。ジョーロを持ったまますっころんだりしながら、半泣き状態で結局3日ほど灌水したら、雨が降りました。でも、そのあと梅雨に入ったというのにまたまた全く雨が降らず、今日あたりからまた灌水を始めなくてはならないかも・・・。ミチコ・ファームは今、そういう状況で、「私は何のためにこんなことをしているんだろう?」なのです。
そしてミノリ・アン。こちらはお客様が少なくて、娘に給料を払うこともできず、これまた「私は何のためにこんなことをしているんだろう?」状態。
でもですね、よくよく考えてみると私は大切なことを忘れていました。私は「地球を救いたい!」のでした(笑ってやってください。ここ、笑うところです)。ミチコ・ファームもミノリ・アンも究極の目的は「地球を救う」なのです。“自然農”と“穀菜食”で地球は救える。その詳しいわけはまたいつか機会があればお話するとして・・・。
ミノリ・アンで食事をされた方が、「えっ、このお野菜、おいしい!・・・ちょっと、畑も見学してみようかな?」ということになり、「私も自然農をやってみようかしら?」となるかもしれない。いや、実際そうなった方が数名おられ、ミチコ・ファームに通ってくださっています。また、ミノリ・アンの食事を機に“穀菜食”を始める方も出てくるかもしれない。ミノリ・アンで食事をされた方のほとんどが“身体がきれいになった気がする”とか“元気をもらった”と言われますから。それに、一度おみえになったお客様はミノリ・アンの食事が気に入られて何度も通ってくださる方が多いので、その方々のためだけでも続ける価値は充分にあると思うのです。つまり、お客様が少なくても構わないのです。これまではお客様を増やさねば、という強迫観念みたいなものがありましたが、例え一人にでも食を変えるきっかけとしてもらえればそれでいいのだと思い、肩の力が抜けました。
そして、畑仕事が辛かったり、忙しくてイライラしたりしてもこれからはその時々に自分にできることを自然体でやって行こう、と心が定まったような気がしています。(2005.6.15)


黄色いタンクは私の秘密兵器。これに水を入れて車でできるだけ丘の上まで運び(実際は畑の入り口までしか行けませんが)、あとはジョーロに水を入れて何往復もして畑に水を蒔いています。




旱魃の教訓
今回の旱魃で夏野菜の大半を失いました。前回このコーナーでもお話ししたように、最大限の努力を払って灌水を続け、私も娘もほとほと疲れ果てましたが、結局は目の前で次々と枯れて行く野菜たちをどうすることもできませんでした。
何がいけなかったのか、どうしてこんなことになってしまったのか。旱魃、それ自体はどうすることもできないことですが、何か私のやり方にまずいところがあったのでは、という気がして、久しぶりに畑と対話をしました。そしてわかったことは、あまりにも手を広げすぎた、ということでした。一人でも多くの人に自然農を広めたい、自然農の野菜を届けたい、その一心で闇雲に畑を広げ、自分の力量も考えずまるで“下手な鉄砲も数打ちゃ当たる”式で種を蒔きました。その結果、今回の旱魃ではただただ右往左往するばかりで、たくさんの野菜を死なせてしまいました。
考えてみると、自然農を始めたばかりのころは畑に行くのが楽しく、畑にはいつも喜びと慰めがありました。それがいつのころからか、なにかに囚われたような畑仕事に変わっていたように思います。畑と向き合うことを忘れ、畑の声を聞くことを忘れ、心のこもらない自然農になってしまっていました。
今回の旱魃を教訓に、長い間ミチコ・ファームの宅配を楽しみにしていただき、応援してくださった皆様には本当に申し訳ないのですが、今後はファームでの収穫をお楽しみいただく、という形でお野菜をお届けすることとし、作付面積を現在の半分以下に減らして、もう一度初心に戻って今度こそじっくり畑と向き合い、心を込めた野菜作りをしていこうと思います。(2005.7.7)


畑に田植えした黒米です。田んぼで田植えをするはずだった陸稲も、田んぼに水が入らず、やっと雨が降り出してから、遅ればせながら畑での田植えとなりました。一部の苗は小学校で田植えをしてもらうために引き取ってもらい、残りの一部を田んぼのメンバーがそれぞれ自宅に持ち帰ってプランターに植え、私が畑に植えました。それでもまだまだたくさんの苗が残ってしまいました。




一難去ってまた一難
“自然農”というのはほんとうに楽な農であると思うのですよ。安定した気候に恵まれ、野生動物の被害さえなければ・・・。
その両方から見放されたようなこの数年のミチコ・ファーム。アシタカの登場で彼と一緒に夜を過ごしている畑ではパタリと猪が来なくなり、ホッと胸をなでおろしたのも束の間、今度はアナグマが!
アシタカを連れて早朝5時半くらいに山小屋を後にし、午前8時くらいに畑に戻ったときにはもうやられていました。そのとき、近所のビーグル犬がギャンギャン吠えながら追い立てていたのが多分犯人のアナグマだろうと思われます。
これは余談ですが、アシタカは何者かを追うとき、声も無く追います。ただひたすら走って。少し前の映画で「ラスト・モヒカン」というのがありましたが、あの主人公たち、最後のモヒカン族のように。ビーグルのようにギャンギャン吠えられるとなんだかアナグマに味方して、「うまく逃げろよ」なんて思ってしまいます。
ま、それはそれとして、敵もさるもの、アシタカが畑から家に帰った後を狙って畑を荒らしてくれました。こうなるとお手上げです。まさか、24時間体制でアシタカと二人、畑に居続ける、なんてわけにもいきませんものね。(2005.8.8)


今年はこの町内中でアナグマの被害が大きいようです。これは山小屋のある畑とはまた別のところに借りている畑。少し前からアナグマが出るようになり、ミツエさんのスイカ、ナミさんのズッキーニ、そして私のサツマイモが荒らされています。サツマイモは引き抜かれては植え戻し、引き抜かれては植え戻し、これでは芋がはいる暇が無いな、と遂に重い腰を上げてネットで囲ってみました。効果のほどはしばらく様子を見ないとわかりませんが・・・。




アナグマ、侮るなかれ!
サツマイモをネットで囲ってみましたが、1週間程で突破されました。押し倒したのか、引きずり倒したのかわかりませんが。たかが、アナグマ。力は大してないさ、と敵を軽く見ていました。ありあわせの古くて細い竹を支柱にしていい加減なやっつけ仕事で作った柵はアナグマにとってなんの障害でもなかったようです。
そしてまた、アシタカと夜を過ごしている畑でも、中一日を置いて二晩行けずにいた間にピーナッツと赤芽のサトイモを全滅させられました。慌てて残ったサトイモ(石川という品種ですが、こちらはお好みではなかったらしく手付かずでした)をネットで囲いました。今度は頑丈に。
旱魃で始まった今年の夏はアナグマの被害で幕を閉じ、“灌水問題”と“野生動物対策”という頭の痛い問題だけが残されました。(2005.8.30)


これでも私としては精一杯頑張って頑丈な柵を作ったつもりです。どうだ!アナグマ!これでも入れるか?
それにしてもアナグマってもともと日本にはいない種だったんですよね。ペットとして飼われていたものが捨てられて野生化し、多分繁殖力が強いんじゃないでしょうか、このあたりでも4、5年前までは「この辺はアナグマはいないからいいね」なんて言っていたように思うのですが、今では・・・。




原点に戻る!
5、6年前、始めて分け入った私を暖かく迎えてくれた場所、数年かけて雑木林を開墾したミチコ・ファームの原点である丘の上の段々畑の一番上・・・そこは一昨年の秋の終わり、猪にやりたい放題に荒らされ畝を建て直すことができないまま、雨のない梅雨、秋の高温などのため一年間ほとんど放置されました。今ではそこが畑だったこともわからないように猛々しい草に覆われ、蓬が根を張っています。
今、一冬かけてここをもとのように豊かに野菜たちが育つ畑に戻そうと頑張っています。畝を建て直して、アナグマよけにネットで囲う予定です。そうして3月にはここにジャガイモを植えるつもり。毎日ここに通って、一度に長時間は無理なので、少しずつの鍬仕事です。
こうしてここで仕事をしていると、久しぶりにまたあの声が聞こえるような気がします・・・10年後、60歳をすぎたら私はリタイアしてここに篭るつもり。そのときもきっとここは私を暖かく迎えてくれるはず。それからいったい何年くらい生きるだろう?私はどうもとてつもなく長生きしそうな気がするのだけど。私がここに篭っていることを回りの人たちも忘れるくらい長く。たまには下界に下りて子どもたちや、もしもいるなら孫たち、もしかしたら曾孫たちがどうしているか覗いてみよう。きっとおもしろい。
えっ、「女を捨てるのか?」ですって?いえいえ、そんな低レベルの話ではありませんよ。「みんな、元気にしてる?」って、下界を覗きに行く私は“女”どころか“人間”を捨てているでしょうから。(2006.1.5)


ミチコ・ファームの原点をなぜこんなにしてしまったか、悔やまれます。水がないことが一番のネックでした。ここに篭るまでにはなんとかしなくては。井戸を掘ろうかな?
アシタカをお供に篭るつもりだけど、彼のために段々畑の一つを柵で囲って自由に遊ばせてあげたいな。
うぅーん、考えているとこれからの10年間にはすることがいっぱいです。




Ah! 人生の落とし穴!
最近の私は「ツイテル!ツイテル!」と口ずさみながら畑に通う毎日。ところが、人生には必ず“落とし穴”が用意されていますね。私の場合、その一つには“ぎっくり腰”という名前がついています。
畑で鍬を振り下ろした瞬間!「うん ?落ちそう?」と感じ、いやいや、今回も持ちこたえられる、と踏んでもう一度鍬を振り上げたその瞬間「落ちた!」。いやいや、これほどの痛みは十数年ぶりか。落ちた!と思った瞬間からどうにもこうにも痛さに耐えかねて畑に四つん這いに崩れるのが精一杯。携帯電話というもののありがたさを思い知った一瞬でした。アシタカが鎖を切って助けを呼びに行ってくれるほどの忠犬とも思えず、携帯電話がなかったなら、いったいいつまで畑でアリに刺されながら四つん這いを続けていたことか・・・。
その後、旦那が畑に救出に来てくれたのはいいけれど、たかだか40kgあるかないかの私をおぶって降りることができないと言って、段々畑の一番下の段から放り投げられたのにはびっくり!私は一度落ちた穴に二度落ち直したような気がしましたね。ぎっくり腰の痛さを知らないことで、ま、仕方ないか。
と、まあ、どうにかこうにか家に帰り着き、それからは“ぎっくり腰”の辛さを知っている人にしかわからない辛さとの戦いでした。幸いにもトイレには行けました!四つん這いになって這って行き、便器にすがって立ち上がるのです(トイレの掃除をしたばかりでよかった)。横になっても痛さで同じ姿勢を5分と続けられず、かといって寝返りも打てず・・・。その上、土曜日にはミノリ・アンの予約が・・・。ぎっくり腰になったのが月曜日午後3時前。自分自身の度重なる経験からいってこの重症度では最低でも3日間は寝たきり。それから徐々に起き上がることができたとしても、とても土曜日にミノリ・アンの仲居は務まらない!ああ、どうしよう?
・・・と、落とし穴のどん底に嵌った私が、なぜか今、ぎっくり腰4日目でパソコンの前に座り、こんな記事を書くことができているのは何故?・・・それはですね、4年前から通っている“操体法”のおかげなのです。ぎっくり腰3日目に娘に連れて行ってもらった操体治療の直後から身動きができるようになり、翌日の今日からは傍目にはぎっくり腰4日目とはとても思えないようにほとんど普通に動けます。娘も「お母さん、ほんとにぎっくり腰やったと?」。畑仕事もできた!操体の先生が神様のように思えます。
まあ、そんなこんなのこの数日でしたが、今、私は「やっぱり私はツイテル!」と思うのです。操体法の凄さを実感できたことはもちろんですが、マッサージをしに駆けつけてくれたご近所のセイレイさん、土曜日のミノリ・アンの手伝いを申し出てくれた畑の仲間たち、お見舞いのFAXをくださったユウさんetc.etc....。自分が大勢の人に助けられて「ツイテル、ツイテル」と言っていられるんだということを実感でき、無意味に畑仕事に焦っていた自分に気づき、自分の力量をわきまえて楽しみながら焦らず地道にボチボチやっていくことの大切さにもう一度気づくことができました。
これからも“人生の落とし穴”に落ちることたびたびとは思いますが、そのたび“不運”を“幸運”に替え、“めげない女”はボチボチ頑張っていきます・・・あっ、そういえば明日52歳の誕生日!感慨深いものがありますねぇ。(2006.4.20)


泣き叫びながら畑から救出され車に乗り込むとき、とりあえず畑に残していくアシタカと目が合いました。まるで「いったい美智子さんどうしたんだろう?」というような顔をしてこちらを見ていました。持つべきは友達と愛犬・・・ですね。




Ah! 人生の落とし穴!・・・後日談
先日「ぎっくり腰」という名前の落とし穴に落ちたとき、実は同時にもう一つ別の落とし穴にも落ちていたのです。その名前は「帯状疱疹」。
ぎっくり腰になった日から左手の手のひらに痛みを感じていたのですが、四つん這いで歩いたせいかな、と思っていました。それにぎっくり腰の痛みでそれどころではなかったし・・・。それが三日目に操体で腰が良くなったと同時に手の痛みがひどくなりはじめ、痛みの部位も腕から脇、背中、頭と、左側上半身に広がりました。そしてその痛みたるや!腕、脇、頭の4、5箇所くらいでピキーン、カキーン、コキーン、とあちらこちらに痛みが走り、まるで痛みの5重奏です。そして数日後に発疹が出て「帯状疱疹」とわかりました。発疹は痛みに沿って手のひらから腕、脇、背中に現れ、その部分は痺れとだるさ、と同時に痛みは頭に一極集中となりました。その痛みの凄さときたら!思わず身体が揺れるような衝撃のある痛みで、まるで頭に楔を凄い力で打ち込まれているようです。
病院は拒否して、操体の先生の指示で食事療法だけで対応しました。「自然農」だの「穀菜食レストラン」だのと言いながら病院通いなんてできませんし、する気もない。自分の自然治癒力を信じ、断固「医食同源」を貫きます!・・・なんていうとカッコよく聞こえますが、実態は畑でも夜布団の中でも泣きわめきながらやっとの思いで耐えていただけです。痛みの最中に思ったことは、「あー、ぎっくり腰の痛みなんて痛みじゃない」とか、「これなら子供100人でも産める」とかそんなことです。人生最悪の痛みに耐えた人生最悪の誕生日でした。そんな痛みが5日間ほど続き、その間にミノリ・アンにお客様が3日ありました。これはよくやった、と自分で自分を褒めてやりたいですね。お客様は私がそれほどの痛みに耐えつつ食事を運んでいるとはお気づきにならなかったはずです。どうやったかって?実はですね、お風呂に入っていたとき、暖めるとほんの少しですが痛みが遠のくことに気づき、暖めたコンニャクを用意してお運びの合間はコンニャクを頭にあてていたのです。
それから嬉しかったことも。ネットで調べたところ、帯状疱疹はうつらないが、水疱瘡がうつることがあるので、妊婦さんやまだ水疱瘡をしていない子供には接触しないほうがよい、とあったのですね。それで一組そういうお客様があったので、これはお知らせしてキャンセルしていただかねば、とお電話したのですが、先方は「子供は早く水疱瘡にかかったほうがいいし、お腹の赤ちゃんは自分が元気だから絶対に大丈夫。楽しみにしていたので是非行きたい」とおっしゃるのです。こういわれてはお受けしないわけにはいきませんよね。例え終わったあと痛みで気絶したとしても「冥利に尽きる」というもんだと思いましたね。実際気絶しそうでしたけど。
・・・そんなこんなの帯状疱疹。今は頭の痛みもなくなり、水泡も嗄れてきて、腕の痺れだけが残っています。食事も始めは玄米ご飯に味噌汁(汁の実はニラとワカメのみ)だけだったのが、きのうから野菜はOK。ご飯も五分づき、となりました。久々に食べたお漬物のおいしかったこと!ただし、私の大好きなスナップエンドウ(今、ミチコ・ファームで毎日収穫しています)は陰性が強いので食べられません。うぅーん、残念!
さてさて、徐々に全快に向かい、そろそろ不運を幸運に読み替えてまた「ツイテル、ツイテル」と口ずさみながら畑に通いましょう!(2006.5.1)


「ぎっくり腰」になった4月17日以来、アシタカと遊んでいません。散歩もすっかり娘におまかせです。娘も疲れ果てたようですし、左腕のしびれも少しずつとれつつあるようなので、そろそろ明日当りから散歩を再開しましょうかね、アシタカくん。




Ah! 人生の落とし穴!・・・後日談・パート2
なんと未だに帯状疱疹の痛みに悩まされています。
その原因は「食」にありました。実は頭の痛みがとれ、症状が腕の痺れだけになったとき、なんだかもう治ったような気になって、植物性も含めたんぱく質を摂ってはいけない、と言われていたのに、結構食べてしまったのです。母の日に両親を温泉に連れて行く約束もあって、どうせそのときに食べてしまうのだから、今のうちからリハビリしておこう、という気もありましたし。
食がいい加減になってしばらくしたころから、痺れだけだった左腕に痛みが始まり、だんだんひどくなって一向に治る気配がありません。先週操体の先生に「痛みが戻って治りません」と訴えると、先生、見透かしたように一言「食を変えない限りいつまでも痛いさ」とおっしゃいました。つまり、帯状疱疹の痛みが一生続く人がいる、というのは食生活が変わっていないせいなのです。
それから気を入れ直し、厳しくNo More TANPAKUを実践しています。すると4日目ころから少しずつですが痛みが減り始め、今は完治の日も遠くない、と感じています。“医食同源”を身をもって痛感したことでした。
さらに、先生がおっしゃるには、帯状疱疹になるということは癌体質の証、だそうです。ですが、私の場合、今回排毒しているので癌にはならないだろう、とのこと。やっぱり私ってツイテル!(2006.5.24)


アシタカと散歩に出かけるとき、「ゆっくりよ!腕が痛いからね!走らんとよ!」と言い聞かせて出かけます。それを解っているのかいないのか、いや、解っているはずはないのですが、散歩を再開して以来、アシタカはあまり強く引っ張らず、今までになく割りと上品な散歩をしています。私が調子が悪いのを感じているのかなぁ。
でも、やっぱり他の犬と出合ったり、イノシシやアナグマの臭いを嗅ぎつけたりしたときは前と一緒。「限りに非ず!」とばかりに走り出します。




Ah! 人生の落とし穴!(完)・・・病院に行かなくても・・・
医療費の増大に歯止めをかけるべく、一人むなしい努力をしているような私・・・。でも、皆さん、ちょっとだけ、考えてみて!ほんの何十年か前、病院があちこちになかったころ、何もせずに“様子を見る”ということをしていたのです。そしてほとんどが“様子を見る”うちに治っていたのです。
私の今回の帯状疱疹は“様子を見る”くらいのものでは済みませんでしたが、それでも病院に行かずにほとんど完治(まだ左腕に若干の痛みと違和感はあるものの、少しずつ改善しています)。私がしたことといったら“たんぱく質を摂らない”という食養生だけです。以前、4年ほど前になりますが、酷い湿疹(アトピー性皮膚炎)が出たときも遂に病院に行かずほったらかしにしました。結果、出るものが出てしまい、1ヶ月ほどで完治。その間夜も眠れないほどの痒みに悩まされたものの、その後の状態は非常に良くて、以前のようにステロイドを手放せない、なんていうこともなくなったのです。
何があっても病院に行かない私は人からは奇異の目で見られますが、ほんの少しだけ常識を忘れて違う視点で物事を眺めてみるのです。すると、病気は病気ではないとわかる。自分の生き方がもたらしたもの、そうなるべくしてなったものなのではないでしょうか。生活(主に食生活)を変えてあとは放っておくこと。それだけでいい。
それにしても物凄い痒み(前回のアトピー性皮膚炎)と痛みでした。「痒み」と「痛み」を経験済み。次に来るのはなんだろう?(2006.6.29)


アシタカ、今年の梅雨もカメ発見!今年のは特大でした。
アシタカも時々お腹をこわしますが、彼も“草を食べる”ことと“餌を食べない”ことで自分で治します。人間も野生であったころの「勘」を取り戻す必要があるのでは?




犯人は誰だ?
収穫を間近にして「枝豆」の葉っぱを何者かに食べられてしまいました。
畝の端から毎日数本分ずつ食べていきましたよ。お行儀がいいというか、なんというか、変に感心してしまいました。
ネットで囲った畑に植えていたのですが、多分ネットを飛び越えてやってきているようです。そうです!犯人は間違いなく「野うさぎ」。夜はアシタカがいるけれど、枝豆の場所からはかなり離れているし、ウサギは昼間も行動しているようだし、ネットを高く張るしか手はありませんね。今のネットは高さ1mですが、草に押し下げられてせいぜい70cmくらいの高さしかなくなっています。
でも、私には今、ネットをどうこうする気力がありません。この暑さで夏バテ中です(鉄人美智子も夏バテするのか?と言った人がいます)。この際、枝豆はウサギさんに差し上げることにしました。ウサギさん、どうぞ思う存分召し上がれ!(2006.8.18)


枝豆の葉っぱが全部なくなって丸裸です。こうなるともう豆は育ちません。残念!
ウサギさんに横取りされないよう、来年は家の庭先にでも植ようかな?




命を分け合う
自然農をしていると"命で命を繋いでいる"という実感があり、"命を分け合っている"という実感もあります。 私は私の命を命そのものの畑の野菜で繋いでおり、その畑の野菜の命を虫や、イノシシなどの野生動物たちと分かち合っているのです。 まあ、虫はともかく、野生動物の場合はどうも"分かち合う"というよりは"また、やられた!"という感じが強くなり勝ちですけど・・・。 そして、今年はイノシシと里芋、サツマイモを分け合い、アナグマと落花生を分け合い、野ウサギと枝豆、大豆をそれぞれ分かち合いました。 そのたびに「またやられた!」と思い、「今度ばかりはもう立ち直れない」と感じます。それなのにすぐにまた立ち直れるのはなぜだろう? よほど懲りない性格なのか、単に学習できないだけなのか? 自分でも確かにそういうところがある、とは思うのですが、でもですね、一つには私が"分かち合う"精神を持ち合わせていたとも言えるのではないでしょうか? "分かち合う心"を皆が持っていれば世の中変わると思いますよ。独り占めしないこと、分け合うこと。とっても大切なことですよね。 それこそ人間って学習しないなぁ、と思うのですが、人類の歴史の中で世の中から戦争が途絶えた時期がありません。これも土地の奪い合いだったり、水の奪い合いだったりするわけですけど、"分かち合う心"さえ持っていれば避けられるはずですよね。 そして、野生動物の話にもどれば、もともと彼らから生きる場所を奪ったのは私たち人間です。このあたりでもあっでもこっちでも山が壊されて新しい道や住宅ができ、山に住めなくなった野生動物が人間の住んでいるところまで下りてきているのです。野生動物の平和な棲家を奪ってまで道をつくる必要はないと思うのですが・・・。そうしておいて今度は野生動物が畑を荒らすからといろいろ対策に頭を痛めているのですから、人間は自分で自分の首を絞めているようなものです。 私はこれからもずっとイノシシやアナグマや野ウサギたちと"分かち合う心"をもって付き合っていこうと思います。さてさて、来年は何を分かち合うことになるのでしょうね? どうかお手柔らかに・・・。 (2006.10.1)


6月くらいにイノシシが入って里芋を全部食べていった畝です。ほんの数ヶ月放っておいただけで見事に草が生い茂ってしまいました。ここを今、草を刈り、イノシシが掘った穴を埋めながら冬野菜の種を蒔いています。




無欲でいきます、筍掘り
福岡西方沖地震から今日で丸二年。あの日、目の前でスローモーションのように家が揺れ、瓦が飛んできたこと。揺れる地面にしゃがみこむのがやっとで動こうにも動けなかったこと。娘が厨房にいる!食器棚が倒れ掛かる、外に出さなくちゃ!と思っても動けなかった。怪我一つなく二年が過ぎミノリ・アンも無事4年目を迎えることができました。感謝の気持ちでいっぱいです。
話はかわりますが、この時期ミノリ・アンのメニューに欠かせないのが「筍」です。ところが、今年は3月に入ってからずっと寒くて、「筍」が無い!数日置きに娘と二人で1時間ほど、竹林に入り込んで探すのですが、やっと2,3本見つけてお客様に間に合わせるのが精一杯です。探す、と言ってもまだ地面からほとんど顔を出していない筍を足で探って探すのです。その上、あっちもこっちもイノシシが掘り返した跡だらけ。ただでさえ少ないのにその上イノシシに先を越され本当に1時間で2,3本見つけるだけでも奇跡に近い。
この数日とても寒く、昨日は日差しも無かったのでほとんど諦めに近い気持ちで竹林に行くと、やはりしばらく探してもありません。今日はもう帰ろうかな、と思っていると、なんだか、良い気持ちになってきました。そうです!竹林にいること自体がとても気持ちが良いのです。今まで、竹林は暗くて寒くていやだなぁ、と思っていたけど、実はとても気持ちが良いところだと気づきました。空気がおいしいような、風の匂いがいいような気がします。そうか、おいしい空気を吸いに来たと思えば、筍がなくてもそれだけで充分だな、と思いました。不思議ですね、そう思った途端、小さいけど3個立て続けに見つけました。すると欲が出てあと1個見つけると次のお客様に間に合いそうだな、と思い、しばらく探しましたがありません。欲張らずにまた、明日もおいしい空気を吸いに来いってことだな、と諦めて帰りかけたとき、1個発見!これは大きくて、これで次のお客様に充分間に合うだけの収穫となりました。本当はあと1個見つけて自分たちも食べてみたかったけど、欲張らない欲張らない、と言い聞かせて帰って来ました。まだ土の中から顔を出してない筍のおいしさは格別です、食べたいなぁ!(2007.3.20)


筍掘りに行くときアシタカも連れて行ってやりたいのですが、無理ですね。あそこにアシタカを連れて行くとどうなるか・・・きっと間違いなく、私たちを振り切ってイノシシの匂いを追いかけてどこまでも走って行ってしまいます。
置いてきぼりをくって悲しそうな顔のアシタカです。




恐るべし、アナグマ
今年は春からアナグマとの攻防戦を繰り広げています。といっても完全にアナグマ優勢で推移してきましたが・・・。ネットを張った畑に4,5箇所、アナグマの入る隙間があって、毎晩そのどこかから入ってきて畑を荒らしていきます。手を変え、品を変えて隙間を塞ぐのですが、してやられてばかりです。だけど、もうそろそろ本気で対策を講じねば、ウリ科の野菜をたくさん植えましたから。
ネットの裾を針金で止め、その上にレンガを載せ(これらは全てアナグマに破られました)、最後の手段でレンガの上に土嚢を置いてみました。アナグマよ、入れるものなら入ってみろ!・・・と今は強気ですが、明日の朝畑に行って、アナグマに入られていたらどうしよう。そのときはネットの中でダックスフンドを飼うしかないかな。(2007.5.15)


このレンガをアナグマのやつは撥ね散らして入ってきました。小さな身体で凄い力。それにきっと上手に手を使ってやっているんでしょうね。侮れないやつです。




アナグマ、一家総出?
土嚢が持ちこたえたのは三日間だけでした。四日目に畑で跳ね除けられた土嚢を見たときは唖然としましたね。恐らく敵は一匹じゃない。ファミリーでうちの段々畑に住み着いているか、さもなくば、三日の間に怪力の助っ人をどこかから呼んできたか。私が間近に見たアナグマは猫よりちょっと大きいくらい。体重が多分大きくても5、6キロだと思います。そんな奴があの土嚢をいったいどうやって跳ね除けているのか?よほどの怪力がいるか、ファミリーで人海戦術なんでしょうか?対する私ときたら非力な上に孤軍奮闘。でも、なんとかしなければ・・・。というわけで、今度は土嚢の上にまた土嚢を積んでみました。前のよりたくさん土を入れて。私がやっとで持ち上げられるくらいですから、今度こそはアナグマにも動かせないはず・・・と思っているのですが、今度は何日持ちこたえるかな?(2007.5.23)


アナグマ、先日はうちの庭先にもやってきて盛大に穴を掘っていきました。狙いはモグラ。死骸が二つ残っていました。今年はここなら大丈夫だろうと庭にもカボチャを植えているので、慌ててネットを張りました。
アナグマとの抗争にそろそろ疲れて来ました。この果てしない争いはいつになったら終わるのかな?




あんたやったと!?
畑に侵入して荒らし続けている犯人と遂にご対面しました!犯人はやはりアナグマ。
先日、畑仕事をしていると近くでガサゴサと音がします。音の方に行ってみるとネットの向こう側で一匹のアナグマがなにやら一心に作業中です。思わず発した「あんたやったと!?」の私の声に我に返ったように私の方に向き直り、しばらく、じっと私を見つめ、それからどこへともなく消え去りました。
とりたてて大きいというわけでもなく、このときだけかもしれませんが、家族連れというわけでもなく、助っ人がいる風もなく。でも若い雄だったように思います。きっと怪力の持ち主なのでしょうね。さらに問題は私に気づいても慌てて逃げ出す風もなかったこと。人間を舐めてるんでしょうか?私は私で「こいつが犯人か!」と思ったけれど、向こうは向こうで「こいつがじゃまだてしてるやつか!」と思って私のことを見ていたのでしょうね。この先まだまだ長いお付き合いになりそうな予感が・・・。(2007.6.18)


アナグマはこのネットの向こう側で作業をしていました。案の定、今日そのあたりのネットが破られ、トウモロコシをやられました。




アナグマ、グルメ食べ歩記?
トウモロコシを食べつくしたアナグマはやはり収穫を迎えたズッキーニを食べ始めました。収穫には少し早いからあと一日置いて・・・なんて思っていると、その夜必ずやって来て横取りされてしまいます。アナグマが入ったあとは必ず入り口を探して土嚢を積んで埋めていますが、どこかしら入れそうなところを探してはネットを突破して畑を荒らして行きます。昨日はズッキーニだけでなく、いろんなものを食べ散らして行きました。アナグマがどんな食べ歩きをしたかというと・・・まず、入ってすぐのピーナッツを試食。これはまだ食べるには若過ぎたのか二株ほど掘り散らかしただけで次へ。ピーナッツの近くにあったコリンキー、これは人間にとってはちょうど食べごろだったのですが、アナグマはどうもあんまり好みの食材ではなかったらしく、一番大きいのを襲撃しましたが完食せずに次へ。コリンキーの次はスイカ。たった一つだけ成っていたまだ熟れていない小玉スイカでとても楽しみにしていたのですが、アナグマはこのスイカが痛くお気に入りだったらしく、種だけ残して見事完食。それから反対側にあるズッキーニへ。大きなやつを2、3本完食し、まだ小さいのは次回の楽しみに残して、満腹のお腹をゆすりゆすり入ってきた穴からお帰りになられた、らしいです。トホホ・・・。(2007.8.12)


アナグマに食べられたズッキーニ。ま、今のところアナグマに食べられたものより、襲撃の間を縫うようにして私が収穫したものの方が若干多いかな?それがせめてもの慰めと言えば慰めです。




一難去ってまた一難・part2
このタイトルで2年前にもこのコーナーに記事を書いていました。そのときはイノシシが出なくなったと思ったら、今度はアナグマが畑を荒らすようになった、と。
今回は、というと例のアナグマとの攻防戦にどうやら私は勝利したらしく、このところずっとアナグマが現れなくなり、ホッとしていたのですが・・・。やれやれ、今度はノウサギの登場です。ネットが一部破れていてそこから侵入したらしく、ピーナッツの葉をもりもりと食べておりました。なんとも果てのない野生動物との攻防戦。諦めの早い私が「もういい!好きにしてっ!好きなだけ食べて!」となったときが私の負け。とは知りつつもいつまで根気が続くか、全く自信がありません。元来、“来るもの拒まず、去る者追わず”がモットーなものですから。(2007.9.14)


こちらはミチコ・ファームの“アナグマ用パイロット・ランプ”
いつも生ゴミを捨てているところにこぼれ種から毎年カボチャが育ちます。そのカボチャも必ずアナグマに食べられるのですが、今年は8月末くらいからカボチャが食べられなくなり、一個は収穫しました。これは残った一個です。これがある限りアナグマは来ていないということになります。
アナグマ、どうしちゃったんでしょうね?なんだかちょっぴり心配です。




やっと雨が降って気温も下がりました
今回の冬野菜の種蒔きには泣かされました。なんといっても気温が高すぎました。それに少雨。つい最近まで30度を越す気温が続き、せっかく芽を出しても直射日光で根が焼き切れたようになるのです。だからといって水をかけると、高温多湿が大好きなボール虫(触るとくるりと丸くなる虫)がうじゃうじゃ集まって芽を食べてしまいます。
発芽までの数日だけ水をかけるとか、草をきれいに刈って代わりにおが屑を載せるとか、手を変え品を変え、何度も何度も蒔きなおしましたが、結局白菜は全滅、次に悲惨なのが蕪、ポットで苗を作って畑に定植したブロッコリーやカリフラワーも散々です。いっぱい芽を出したと喜んだのも束の間、翌日にはほとんど消えている、ということが続き、8月末から今日まで私は何をしていたんだろう?って感じです。
でも、そんな中でも数種類の大根と何回目かに蒔いた蕪が少し生き残り、気温が30度を切ってから蒔いた葉物が良く芽を出しています。この悪条件の中で本当に良く育ってくれたものです。
今日は気温も22度(こんなに急に大幅に下がるのもどうなの?とは思いますが)、雨が降り続いています。この雨があがったらもう少し葉物の種を蒔き、それからソラマメの種下ろしです。ピーナッツやサツマイモ、小豆にケツメイシも収穫しなければならず、まだまだ忙しい秋が続きますが、ありがたいことにこの雨のお陰で灌水からは解放されました。
いつもながらの異常気象ですが、やはり私達は自然の采配の元で自分にできることを謙虚に続けるのみですね。(2007.10.9)


9月始めの辛味大根の芽。この大根は良く育ち、今は間引き菜を料理や漬物に使っています。




虫の命
前回の記事にも書いたようにこの秋の種蒔きは本当に大変でした。何度蒔きなおしても強すぎる日差しでだめになったり、虫に食べられてしまったり・・・。流石の私も少しばかり凹んでいました。
昨日の朝畑に行くと、まだボール虫が集まっている畝があって、大根の芽に猛アタックしてていました。ム・ム・ム・・・・。指で潰そうとしたそのとき、ふと、気づきました。この虫たちはいずれこの畑で死んでいく。ということはこんなにたくさんの虫たちがみんなこの畑で死んで、畑は豊かになっていく!そうか!なにも凹むことはない。今私がしていることは虫を増やしているだけかもしれないけれど、いずれはそれで畑が豊かになる。虫も草も全て故あっての存在。自然農の理ですね。目先のことに囚われず、長い目で見ること。あるものをあるがままに受け入れること。そうでした。私がいつも心がけていること・・・“来るものを拒まず、去るものを追わず”。
自然農を始めて短気でなくなり、前向きに考える姿勢になり、おおらかになり、自然に感謝する心を持てました。そして、私のやっていることは間違っていない。安心して自然農の道を歩いて行こう、と思ったことでした。(2007.10.15)


これは大根の芽ですが、まだ小さなうちに全て虫に食べられ、これはその残骸です。よく芽が出たな、と喜んで、数日後に畑に行って見るとこの状態、ということが何度も何度も繰り返され、がっかりの連続でしたが、もう大丈夫。めげない私はまた立ち上がりましたよ。




無添加の証!
ミノリ・アンでは、とことんこだわった調味料を使っています。といってもミノリ・アンで使う調味料は“塩”“醤油”“味噌”くらいのものですが。そして今回はその“醤油”の話。
ミノリ・アンでは地元「北○醤油」さんの“丸大豆天然醸造純もろみ醤油”という醤油を使っています。これはミノリ・アンを始める前から我が家で使っていたもので塩、小麦、大豆だけで作られた無添加の醤油です。ラベルに表示してある原材料名ももちろん、塩、小麦、大豆・・・だったのですが、ところが最近ふと気づくと、塩、小麦、大豆・・・の後になんと“アルコール”と表示されているではありませんか?
ええっ?いったいいつから?何のためのアルコール?とわけがわからず、早速製造元へ問い合わせ。すると、去年の夏から消毒(この言葉、私大嫌いなんですけど)のためにアルコールを使っているとのこと。実は無添加の醤油には夏場表面に白い澱のようなものが浮くのです。このところの地球温暖化のため(こんなところにも地球温暖化の影響が)この現象が頻繁におきてお醤油屋さんに消費者からたくさんの苦情が寄せられたそうです。でも、この“澱”、カビの一種ではあるのでしょうが、別に身体に悪いものでもなんでもなく、それどころか、これぞ“無添加の証”。保存料などの添加物が入っていないからこその自然現象。気になるなら濾して使えばいいし、冷蔵庫に入れておいけば出ないし。お醤油屋さんもそういって説明したそうですが、消費者には納得してもらえず、「こんなものを売って、保健所に訴えてやる!」というような話になり、やむなく瓶詰めの際に瓶の口にアルコールを吹き付けることになったのだそうです。
ああ、せっかくの無添加醤油が台無し。私は涙が出そうです。なんとかうちの分だけでもアルコールなしにしてもらえないかと頼んでみましたが、無理。ならば、代わりに“生しぼり醤油”を使いませんか?と言われ、これならもろみを絞ったままのもので加熱殺菌もしていない完全無添加、と聞き、喜んでその醤油に変えることにしました。ただ、これは使ったらすぐに冷蔵庫に入れなくてはならず、ちょっと使いづらい面もあるのですが、背に腹は代えられません。
それにしても、北○さんの天然醸造を使っているということは、そもそも無添加にこだわった人たちだと思うのに、醤油の澱の無害さを理解してくれないなんて。その辺のところは、曲がったキュウリは買わない、虫のついた野菜は嫌だ、泥付きの野菜は汚い、なんていう消費者心理に通じるものがあるようで、消費者自らが本当の意味での食の安心を損なっていっていると思うのですが、如何でしょう?お醤油屋さんももっと頑張って自信を持って今までの醤油を作り続けて欲しかった、という気もします。
ま、考えようによってはこのことのお陰でミノリ・アンは“生絞り醤油”にたどり着いたわけで、“災い転じて福となす”“禍福はあざなえる縄の如し”“ピンチはチャンス”“過去を振り返らず、明日を思い煩わず・・・(オット、これは違うか)”。ま、そんな私のモットーにも合致して、ミノリ・アンの“生絞り醤油”で作るお料理はさらにおいしくなりそうですね。(2008.3.1)


これが「北○醤油」さんの“丸大豆天然醸造純もろみ醤油”。いいお醤油だったのに。トホホ・・・。
いやいや、過去を振り返らず、“生しぼり醤油”に自然農のからぁーい生姜をたっぷり入れてでうどんをすするのを楽しみにしましょう。




スロー・ライフは忙しい!?
「スロー・ライフ」と言えば、環境にやさしく持続可能な暮らしを求め、地産地消にこだわり、完全とはいかないけれど自給自足を目指したゆったりとした生活・・・ですよね。で、私の今の暮らしは正にその「スロー・ライフ」を地でいく暮らし、だと思うのです。
ところが、この私の「スロー・ライフ」、ちっとも“ゆったり”していないのです。毎日毎日することが山積みで、バタバタと忙しく、慌しく一日が過ぎてしまいます。特にこれからの季節は畑仕事も一年で一番忙しい時期。準備した種の袋の数を見て、ああ!これを全部蒔くのか、とため息が出そうです。頭の中はあれをして、これをして、とその日の仕事でいっぱいなのに、さばけない私はその日やるべき仕事の半分も終わらないことがほとんどで、仕事は溜まる一方。じたばたもがくけれど一向に仕事は減らず、焦っても同じだから、心を定めて今できることを一つ一つ片付けよう、と自分に言い聞かせるのですが、それでもついつい、「忙しい、忙しい」と口走ってしまいます。まるで「不思議の国のアリス」に出てくるウサギみたいに。
“過去を振り返らず、明日を思い煩わず、只今現在を精一杯”が座右の銘ですが、いつの間にか“過去を振り返る暇も無く、溜まった明日の仕事を思い煩い、只今現在をあたふた暮らすのが精一杯”という状態に陥ってしまいます。
今はまだ畑が完全に出来上がっていないから大変だけど、これが完成すればきっともっとゆっくり仕事ができるようになるから、と言い聞かせつつ、「忙しい」とは言っても一つ一つの仕事を楽しみながらすることができる今の暮らしは、やっぱり大好きだなぁ、と思うのです。(2008.3.11)


「スロー・ライフ」に欠かせない「スロー・フード」、といえば「お漬物」。お漬物を漬けるのに嵌って、すっかり“漬物おばさん”になりました。自分で漬けたお漬物(写真はカツオナ漬け、沢庵、大根の味噌麹漬けとべったら漬け)とご飯と味噌汁・・・これが私の一番大好きなメニュー。無添加で砂糖なしで美味しくて安心(なんといっても自分で作った野菜を自分で漬けたわけだから)の漬物があるとご飯が止まりません!




今年の夏は三重苦!?
“イノシシ”“アナグマ”“水”。ハイ、この夏もまた三重苦です。
この暑さの中、毎日毎日、ネットの補修と灌水に追われ、「もう、やーめたっ!」と投げ出さない自分が不思議なくらいです。
実際、この気象条件の中で、50歳代半ばのやせっぽちで非力でガラスの腰の私の身体がこの肉体労働に耐えきれているのが我ながら信じがたい。多分、肉食をせず、乳製品、砂糖を摂らない粗食好きの食生活と、ミノリ・アンを支えるんだ、という精神力がこの肉体を支えているのでしょうね。
そうだ、そうとも!私は負けないぞ!イノシシ、アナグマ、キミたちも生きていくことに必死で、アシタカという危険も顧みず襲ってきているけれど、私だって、必死で抵抗を続ける。そして、“水”。枯れかけながらも頑張っている野菜たち、信じられないほどのそのおいしさのために、頑張り続けるのだ!(2008.7.31)


今回破られたネットはトタンで補修しました。畑の入り口から一番上までえっちらおっちらトタンと杭を運び、日差しにクラクラとなりながら槌で打ちつけました。イノシシも必死、私も必死。長い長い戦いはまだまだこの先も続くのでしょうね。
来年はイノシシの大好物の里芋は家の庭にでも植えることにします。残念でしたね、イノシシくん、来年は側でアシタカが見張っているサツマイモしか狙えないよ。これはキミにも無理でしょうね。




まぁるい目・・・
“イノシシ”“アナグマ”“水”の三重苦。水をかけてもかけても野菜は育ってくれず、枯れていく一方。遂にミノリ・アンの野菜を賄うことができなくなり、堪りかねて松尾農園の松尾靖子さんにSOSを発信。野菜の宅配をお願いしました。 松尾靖子さんは多分もう20年以上自然農で営農されておられるベテラン。その松尾さんをして「今年の夏は最悪。それでもなんとか宅配を続けられるほどに野菜たちが頑張ってくれていることに感謝しています」と言わしめるほどの気象条件です。本気で自然農をやりだして5年やそこらの私なんか潰れて当然かな?
松尾さんに野菜をお願いすることができ、お話をさせていただいて、気持ちが楽になりました。毎日毎日続く灌水、イノシシ対策、アナグマに入られたあとのネットの補修。すべてこの異常な暑さの中での作業で、自分で感じていた以上に追い詰められていたようです。今思えば、いつの間にか野菜を見つめる目が“三角の険しい目”になっていたような・・・。自然の恵みを頂くことへの感謝の心も忘れがちだったように思います。
松尾さん曰く「野菜作りは片手間ではできません。本腰を入れなくては」──この言葉も身に沁みて、これからの人生を何に捧げるべきか迷いの中にあった心が、そうだ、今さらなんだけど、やっぱり自然農に捧げよう、と思ったことでした。全てを捧げる、けれど、煮詰まってもいけない。あくまでも風通し良く、楽しみながらやって行こう。ちょっと難しい気もするのですが、何せ、“120歳でピンピンコロリ”と人生を設定していますので、ボチボチやっていきます。とにかく、苦を苦と思わないこと。一歩進んで苦も楽しんじゃえ。このコーナーのタイトルも「自然農ちょっと笑える苦労話」です。自然農って、泣いて笑って、豊かな心になれるんです。(2008.8.10)


“まぁるい目”でやさしく見つめると、野菜たちが微笑み返してくれるような気がします。




収穫に漕ぎつけたものの複雑な心境です
サツマイモの収穫を始めました。
アシタカが最後の時まで守っていたサツマイモ畑。アシタカがいなくなってイノシシが来るのは時間の問題。私自身ももうどうでもいいや、という気持ちでしたが、せっかく守ってくれたアシタカの苦労を無にしたくないと思い、周りをワイヤーメッシュで囲いました。またまた出費でしたが、そのお陰で無事収穫に漕ぎつけることができました。
イノシシはその後畑には来た様子はありません。しかし、先日は2、3日続けて二頭の兄弟と思われる若いイノシシが昼間から自宅の近くに現れ、サンが吠え立てて知らせる騒ぎとなりました。
11月になるとまた猟が始まります。あの二頭も上手く逃げおおせてくれるといいけど・・・。全く、私たち人間のすることといったら!開発でイノシシの棲家や食べ物を奪っておいて、しかたなく人間の住むところに現れたら今度はその命までも奪うのです。
「クマモリ」の皆さん!このあたりは「杉や桧の植林をやめて広葉樹を植えよう」なんていうどころの話ではないのですよ!山そのものが無くなってしまったのです。九大の移転で大層な山が崩され、さらに移転に伴ない新しい道が造られることでまたまた山が崩され・・・。イノシシは人間に追われて行き場を無くしてしまいました。そうして私の畑にやってきたイノシシですが、やはり収穫を奪われるままにしておくことはできず(今年の里芋は全部彼らにあげたから、それで勘弁してね)、アシタカだけを頼りに立ち向かってきました。そのアシタカがいなくなり、取り敢えずはサツマイモ畑だけはワイヤーメッシュで囲ったものの、とても畑全体を囲うことはその経費から考えても無理で、この先は女の細腕一本でどうなることやら・・・。
開発開発とその行き着く先のことも考えずに山を崩しビルを建て道を造り、何処も此処もアスファルトで覆っていく人たちのツケを私たち農家が払っているのです。それだって命を奪われるイノシシに比べればまだしもですが。
(2008.10.5)


向こうに見えるのがアシタカが最後まで使っていた小屋。今もここにこのままであります。




捨てる神あれば、拾う神あり
二回目に種下ろしをしたピーナッツを収穫してみてガックリ!多分カラスに食べられたものと思われますが、ほとんど収穫ゼロ。
このまま手ぶらで戻ってはミノリ・アンシェフに叱られる、と、隣の畝のツクネイモを掘ってみました。すると「捨てる神あれば、拾う神あり」とは正にこのこと!ウヒヒヒヒッ!豊作、豊作!
意気揚々と戻り「ピーナッツはこうこうだったけど、見て、このツクネイモ!これで許して!」とシェフにツクネイモを進呈。シェフ、厳かに一言「許す!」
よかった!怒られずにすんで。
それにしても許しを請う私も私だけど、「許す!」と一言のたまうシェフもなんかヘン。いったい誰が育てたと思ってんの?ア、ハイ、全て虫や草たちのお陰です。
(2008.11.1)


こちらは「拾った方の神」。
他所様のツクネイモに比べればはるかに小さいけれど、水気が無くホックリと旨いツクネであること請け合いです。
ミノリ・アンでは多分ステーキになって登場することと思います。乞う!御期待!




只今、茅と格闘中!
去年、新しく開墾して豆や芋を植えたところですが、力不足で中途半端に開墾した場所に茅(チガヤ)が入って、どうにも手がつけられない状態になっていました。
年末から重い腰を上げて少しずつ茅を取り除いて畝を立てています。正直、大変な肉体労働です。1時間みっちりやっても数十センチしか進みません。腰は痛くなるし、寒さで鼻はグズグズだし。といって、このままの状態では収穫は見込めないので、とにかく頑張るしかないのですが、いったいあとどれくらいかかることやら。
いや、愚痴は言うまい。少しずつでも確実に進んでいるのだし。ここでもまた、“千里の道も一歩から”と自分に言い聞かせ、豊かな実りをイメージしつつ、中年真っ只中の女の細腕に鞭打つ毎日です。
(2009.1.24)


雑草と呼ばれる草たちのなんと逞しいこと!
人間もこの草たちを見習って心も身体も、強く逞しく生きなくてはならない時代ですね。




柔よく剛を制さず?
このところ、イノシシ話をご無沙汰していたので、もしかすると、ミチコ・ファームにはもうイノシシが来ていないのでは?と思われたでしょうか?
とんでもない!来てますとも。最後の砦のワイヤー・メッシュを突破して何度も何度も襲撃を繰り返しております。ワイヤー・メッシュを罠だと思いイノシシが近づかない、と聞いていたのに・・・。何故でしょうか?
もしかするとワイヤー・メッシュの柵の立て方がアマかったのでは?なにせ、オンナの細腕なもので。こんなときオトコ並みの力があれば、と、つくづく思います。柔よく剛を制す、というけれど、アイツの剛には柔では無理のようですね。もっとガッチリと柵を張り巡らさねば。今は押し曲げられて侵入された部分を二重にしたり、一枚のメッシュの真ん中にも支柱を立てたりして補修しています。
それにしても、なんの対策もしていない畑もたくさんあるというのに、なんで私のところだけしつこく襲ってくるのか?農薬も化学肥料も無くて旨い!しかも主がアマチャンとくればそれも当然でしょうか!?
(2009.5.11)


遂に全滅させられたジャガイモの畝。今はまだいい。そうか、敵はこうくるか、ってのが分かって次の手を打てばいい。でも、このあとが問題。ここには大切な大切なサツマイモを植える予定ですから。




しつこさで勝る?
何をどうしてもイノシシを止められずにいるミチコ・ファーム。一昨年はサツマイモ、去年は里芋、そして今年はジャガイモが全滅。ほかにも瓜科が毎年襲われて・・・。今日なんて、ワイヤーメッシュを押し破って侵入した上、帰りにはでっかいウ○チというお土産まで置いていってくれました。そのウ○チのそばで、その臭いを嗅ぎながら柵の修理をする情けなさ・・・。
入られたところを塞ぎ、また次入られたところを塞ぎ、と後手後手に回って一向に先手を打てずにいます。万策尽き果てた感もあり、やや、どうでもいいや、的な気分になることもなきにしもあらず。
でも、待て。物は考えよう。後手に回っていても、しつこく抵抗を続ける限り、最後は私に勝利が回ってくる。だって、私には時間がある。なにせ、120歳でピンピンコロリだから、まだあと60年以上。これだけの時間があれば、しつこい私にあきれ果て、そのうちイノシシもあきらめるのではないかな?
(2009.6.3)


ワイヤーメッシュの針金の太さを間違え、細いほうで囲ってしまいました。もうこれ以上イノシシ対策に費やす費用がない私は、入られたところは残ったワイヤーメッシュで二重三重にしたり、間の支柱を増やすなどして補修しています。




泣きっ面に蜂?
こういうことを「泣きっ面に蜂」というのでしょうね。さんざんイノシシに荒らされた畑が今度は先日の大雨で土砂崩れです。
イノシシの方は、ワイヤーメッシュを2重にして間に1本余計に支柱を立てて(この時点で今度こそ枕を高くして眠れると思っていたのですが)、それでも止められず、今朝もまたサツマイモ畑をやられました。
計算が苦手で本当に良かった。だって、計算に強くてイノシシ対策にこれまでいくら使ったか、即座に計算できたりしたら、その場で気絶していたと思うから。
いずれにせよ、これからもまだまだ続く大レース。やはり、しつこくて諦めの悪い方が勝ちでしょう。
土砂崩れの方はチビで非力な私などがスコップを振り回したところでどうなるものでもなさそうなので、早々に諦めました。イノシシには逆らえても自然の猛威には逆らえませんものね。
(2009.8.3)


この部分の土砂が崩れ落ちて、この下2段の畝が消滅しました。




カイコン's ハイ?
最近、“ランナー's ハイ”とか“クライマー's ハイ”とかいう言葉をよく耳にしますが、このところの私はさしずめ“開墾(カイコン)'s ハイ”状態で畑仕事をしています。
猪に荒らされ、土砂崩れに遭い・・・数ヶ月放置した間に畑はまるで初期化されたよう。ここに畝があって作物が育っていたなんていう痕跡はまるでなく、この場所に足を踏み入れた10年前に戻ったような有様です。
そこの草を刈り(この草がまた荒々しいというかなんというか、パンパン草なんか太い根をそこらじゅうに張り巡らしています)、畝を作り直してやっと種降しができる状態にするのは実に体力の要る仕事です。
始めるときは「ヨシ!やるぞ!」と気合が必要。始めてしばらくは「ああ、こりゃまたここは大変だなぁ」と、うんざりしながらやってます。
ところが、そのうち脳内麻薬が出始めるのか、身体が軽くなり、休憩もせずに続けることができるようになってくるのです。これって、畑にある“気”のせいかな?
(2009.10.9)


生えてます、生えてます、パンパン草。
なぜ、パンパン草というのかというと、葉っぱを両手に挟んで叩くと「パンパン」と音がするから、だそうですが、やってみてもちっとも音はしませんでした。
このパンパン草には、「オレンジヘッド(命名・なもたん)という蛾の幼虫がいっぱいたかります。そのオレンジヘッド、身体は黒くて頭と尻が毒々しいオレンジ色、体側にもオレンジの斑点がずらりとならぶという直視に耐えないヤツ。しかもパンパン草の陰でプルプル震えて葉っぱを揺らすのです。この時期、畑中のパンパン草がプルプル震え、その陰からオレンジヘッドがチラチラ見え隠れして・・・あぁ、夢に出てきそう・・・




踏んだり蹴ったり?
“泣きっ面に蜂”のあとは“踏んだり蹴ったり”。
連日のようにイノシシの襲撃に遭い(この時期のイノシシはミミズ狙い。何が植えてあろうとおかまいなしに掘り返します)、たまりかねて、冬場の暇なときに、と思っていたワイヤーメッシュの柵で囲う作業を他の仕事を棚上げして、昨日と今日で行いました。
いや、疲れました!。それになにより精神的にイライラ感が募ってそのことに参りました。今はとっても忙しい時期で、あれもこれもとやることが山積みなのに、全く、なんでこんなときに来てくれるの?
といってもこれ以上荒らされてはたまらない、やるっきゃない。ということで、空豆の種蒔きも、漬物用大根の種蒔きも、間引き作業も、玉葱の畝の畝上げも、その他モロモロの仕事全部一時棚上げ。ただでさえ遅れ気味の仕事だったので気持ちは焦るばかり。「身体は一つ」と自分に言い聞かせつつ、それでもいつものとおりジタバタ、アタフタしながら、どうにか二日掛かりでイノシシが入ってきたと思われるラインにワイヤーメッシュを張り終えました。
今夜は枕を高くして眠れそう。
(2009.11.4)


よくやったね、みっちゃん!!
誰も褒めてくれないから自分で褒めとこう。
一枚のメッシュの重たいこと。全部で23枚を一枚ずつ段々畑の一番上まで運び上げる、それだけでもチビで非力の私には大変な労働なのです。
いやしかし、こうして成し終えた仕事を眺めるのはいい気持ちのものですね。今夜はイノシシがこれを見てイライラしていることでしょう。破れるものなら破ってみな!




濡れ手に粟!
休眠中の畑の奥、ある日ふと、猛々しく茂った草の間から黄色い大きな花が目に入ってきた。「花オクラ」だ!
そう、ここは去年「花オクラ」を植えていた畝。その畝一本ずらりと大きな蕾を付けた「花オクラ」が。もちろん、今年はここに「花オクラ」を植えていない。
やった!濡れ手に粟の「花オクラ」!
つまり、去年収穫し終わった「花オクラ」をそのままにして畝を休眠させていたので、その株から新しく芽が出て花を咲かせているのです。自然農ならではの光景。
どれだけ猪に泣かされても、アナグマに泣かされても、自然農を止められない理由の一つはこういうことがあるからかもしれないな。
(2010.7.26)


これぞ、正しく自然の恵み!
万歳!自然農!




闘争心は必要か?
自然農に闘争心は必要か?・・・について考え中。
闘争心・・・昔は私にもあったような気がする。いや、確かにあった。
でも、歳を重ねるごとに、そして、畑で遊ぶようになって特に、それは、無くなった。
しかし、イノシシが・・・。アナグマが・・・。という現実。
いや、半分残してくれさえすれば、私としてはイノシシともアナグマとも大いに共存したい気はあるのだけど。でも、向こうが半分ではすませてくれない。そして、「半分残して!」なんて言っている私を「アマチャン」と見下してやりたい放題し放題。
宮原コーチなどは手薬煉引いてイノシシを待っている感がある。この闘争心の塊、戦う男は、イノシシと一戦交える日を夢見て畑に通うつもりなのかもしれない。その半分でも私に分けてくれないだろうか、闘争心。
(2010.9.13)


私の背丈以上に伸びた草たち。今はこの草たちと戦い、冬野菜の種降しに励んでいます。




知恵比べ?
今朝、畑に行って愕然!
久々のイノシシの襲来。ジャガイモをやられた!
どこから入ったのか?あちこち見て回ってやっと侵入場所を発見。
低いトタンと細い方のワイヤーメッシュで囲っていたところの、ワイヤーメッシュを押し破っている。
だが、不思議な事に、ワイヤーメッシュは畑の外側に向かって押し倒されている。ということは、入るときはワイヤーメッシュを引っ張って破った、ってこと?まさか!いくら自慢の鼻でもそれは無理。
やっぱり出るときに押し倒したとしか思えない。ということは、本当の侵入場所は?
ははぁ!すぐそばに他より少し高さが低くなっているところが。そしてその先は山に消える獣道。多分その獣道を駆け下りて、勢いで柵を飛び越え、一目散に二段下のジャガイモの畝まで行って略奪。そしてまた同じ道を戻ってきて、(侵入した柵は逆向きに飛び越えるのは困難だったので)そばの低いトタンの上の細いワイヤーメッシュを押し倒して山へ戻った・・・。
ということであるらしい。
つまり、ヤツは「ここから帰れる」と、帰りのルートを確保した上で侵入したもよう。やはり侮れぬ。

すぐさま柵を補修。細いワイヤーメッシュしかなかったが、それを三枚併せて補強したもので塞いだ。がっちり支柱に固定して、「入れるもんなら入ってみんかい!」と獣道に向かって上田調で大声でどなり、意気揚々と畑を後にしたけれど、イノシシとの戦いはなんだか知恵比べの様相を呈してきたような・・・。
(2010.11.1)


イノシシが出て行った場所




地球の子
今朝、畑に行って久々に愕然!
あれだけ苦労して冬場にワイヤーメッシュで囲い終わった畑。まさか、この夏その囲いが破られようとは・・・。“鳴門金時”という品種のサツマイモが全滅。
どうやら、ワイヤーメッシュの格子に鼻を突っ込み、その鼻力でメッシュを持ち上げたようだ。いやはや、凄まじい鼻力!ここまでされるともはや敬服あるのみ。
破られた部分は支柱を増やして補強、立て直したものの、これはもうこちらの考え方を変えるしかないのではないか?
地球から山を借りて野菜を育てている畑・同じ地球の子である私とイノシシ・命はひとつ・人間に棲家と食べ物を奪われ行き場をなくしたイノシシ・・・・自然と対話しながら思った。私にはイノシシを救う義務がある。
そうだ!イノシシの餌場を作ろう。今度の秋冬に採れるサツマイモ、ジャガイモ、里芋などのうち、小さくて食べにくいものをイノシシの餌場にするところに埋めてみよう。そうすれば、来年そこに芋が育つだろう。まずはこの間採れたジャガイモを盆過ぎにそうしてみようと思う。
世知辛く、住みにくくなったこの世の中。でも、ここでは、ここでだけは、皆が共生できる方法が見つかるに違いない。そう信じてみたい。
(2011.8.4)


我が目を疑うこの光景!




お手上げ
イノシシを救う義務を果たすどころか、この8月すでに6回ほどもイノシシの襲撃に遭い、芋類は全滅。塞いでも塞いでも破られる。結束バンドが劣化してちぎれやすくなっていたのが一因だったので、今度は劣化が少ないタイプのバンドで修復したけれど、それもちぎられ、もうお手上げ状態。といって、このまま放っておくわけにもいかず、やはり太い針がねで頑丈に繋ぐしかないのだけれど、その時間と力がない・・・。
と、そこへ救いの手が。「ボクがやってあげましょう」と名乗りを上げてくれたのはダンナの弟。ダンナの弟だから若くはないけれど、オトコはオトコ。私の力とは比べものにならないし、製材所経営とあって必要な材料にも詳しい。ありがたーく、全面的にお願いすることにしました。
ダンナの弟といい、実の弟といい、やはり持つべきものは弟ですなぁ。
(2011.8.25)


赤芽という種類の里芋。これはイノシシの大好物。
どれもこれもイノシシにやられたものは全て、とっても良く出来ていたのに・・・、と悔やまれる。




少しずつ、少しずつ
全面的に誰かに頼る、お願いする、というのはやはり私のスタイルではない。というか、ダンナの弟も自分の仕事を持つ身。当然のことながらそうそう簡単に私の所の手伝いなど来れるはずもなく・・・。
でも、やり方は教わったので、あとは自分で少しずつ、少しずつ。
とはいえ、種蒔きで大忙しのこの時期。イノシシ対策に避ける時間はほとんど無く、幸い、今のところ、美味いものは全て食べつくしてどうやら大人しくしているらしいので、種蒔き優先でやってます。
またまた腹を空かせると、ちょいとやっかい。あとはミミズしかないので、ミミズの居そうなところを手当たり次第に掘り繰り返されることになるから。なんとか早く種蒔きを終えてワイヤーメッシュの補修に取り掛かりたいところてすが・・・。
(2011.9.10)


ワイヤーメッシュの中央にも鉄パイプの支柱を増やし、全ての支柱とメッシュを、「シノー」という工具を使い、「バンセン」という針がねをビニールで被覆したもので締め付ける。
猛々しく育った草の海の中、ブンブンうなり襲い掛かる蚊と、滴る汗にもめげず進めぇーっ!!!進むのだぁーっ!!!
全ての柵の完成の暁にはしこたまビールを喰らって丸一日バクスイしてやる!!!




少しずつ、少しずつ・2
馬に跨り、片手を振り上げて「進めぇーっ!!!進むのだぁーっ!!!」ってやっていたら、あっという間に敢え無く落馬。
やはりこれもまた私のスタイルではなかったようで・・・。10年に1度あるかなしかという38度超の発熱でぶっ倒れ、二晩と中一日、ハァハァ言いながら寝込んでしまいました。今もまだ鼻づまり、鼻声、咳、話し声も遠くで聞こえるような感じがして、食べ物は無味無臭。貴重な貴重な体重が1キロほども減ってしまい、体重計を見たショックで頭がクラクラした。
どうもイカンですなぁ。イノシシが「それ見たことか!ブッヒッヒッ」と笑っている気がする。
早く自分のスタイルを取り戻そう!頑張り過ぎは止めよう、結局は貴重な時間を無駄にするだけだから!心にも身体にもゆとりを持とう!ゆとりが無くてもゆとりを持とう!ボチボチ行こう!目指すは唯一つ・・・120歳でピンピンコロリ、それだけなのだから。
(2011.9.18)


ご近所の田んぼ。熱発前の写真だから、今ごろはもっと色付いているはず。
私も早くお米を育ててみたいけれど、焦らない、焦らない。




今度はスズメバチ!
イノシシ、アナグマ、ノウサギ、カラス、マムシ・・・。そして今度はスズメバチときたもんだ!それも「キイロスズメバチ」という一番獰猛なヤツで、こちらが何もしなくても襲ってくるそうだ。最近も那珂川町で男性がコイツに6箇所刺されて亡くなったとか。
ミチコ・ファームの山小屋の軒下に巣を見つけ、すぐに専門家に駆除してもらったけれど、巣の大きさからして500匹のスズメバチがいたはずだけど、100匹は餌を集めにお出かけ中で、駆除できたのは400匹だけ。その100匹が巣に戻ってきて今は無くなった巣のあったところに塗りつけられている毒を舐めて死んでいくそうで、全部のハチが死んでしまうのに3日間かかるとか。その間、文字通り命がけの畑仕事。ただ、このハチ、しつこく付きまとうということはないようで、大きな羽音でそれとわかったらすぐに手を振り回して追い払うとスッと消えてしまう。9月30日に駆除してもらい、やっと今日10月3日には1匹も見かけなかった。明日からは安心して畑に行けそう。
最近、このあたりでスズメバチの巣が増えているらしいけど、これもまた、人間が生態系を破壊したせいではないかしら?スズメバチの天敵のクマが居なくなり、山にスズメバチが増えていたところ、開発で山が無くなってしかたなくスズメバチは里に下りてきた、というところかな?
(2011.10.3)


スズメバチの天敵はクマ。だから黒い服を着ているとクマと思って襲ってくるそうだ。赤や黄色や水色を着る様に言われ、ここ3日間はこの服で畑に行きました。




証明
ふと気付けばミチコ・ファーム、この冬で全ての開墾が終わっていました。人に聞かれて、あっ、そういえば終わったんだ、というお粗末ではありますが。
苦節十数年。女の細腕一本で遂にやり遂げました。祝杯を挙げねば。

なんてことばっかり思っていましたが、よく考えてみるとこれをやり遂げたことで私は自然農のすばらしさを証明したことにならないでしょうか?

自然農、始めたのは45歳くらいでした。そして今57歳。この間ほとんど、スコップと草刈り鎌一本での作業を黙々とこなし、結構な肉体労働でしたが、中年女性でも自然農は十分できると証明。

そしてまた、自然農は生き方を変え、健康もくれると証明できたように思います。
私は自然農に出会って以来徐々に健康になり、今では、頭痛や胃痛、腰痛など毎日なんらかの不定愁訴に悩まされていた頃がウソのようです。18歳でOL暮らしを始めて以来の不眠症からも解放され、太陽の下で額に汗して働く悦びを満喫しています。
そして健康の証の一つが酒量のアップ。この歳で酒量がアップするというのは、身体全体の調子が良くなってアルコール代謝能力が上がったということだと思っています。いや、単に箍が外れただけだ、とおっしゃるむきもありますが・・・。

もちろん、健康を取り戻した理由は他にもあると思います。ベジタリアンになったこと、半日断食を続けていること、自然農育ちの旬の元気な野菜をいただいていること、畑では人間関係のストレスがないこと、等等。そして、そんな私の生活の中心に自然農がある、と言えます。

60歳、60歳までにはなんとか全ての開墾を終え、道筋をつけたいものだと思ってきました。それが思っていたより2年早く終わり、豊かな収穫はまだまだこれからですが、ミチコ・ファームは虫たちや草々の生死の舞台として、私自身も含めたくさんのものをありのままに受け入れて行ってくれそうです。

やっぱりここはやり遂げた自分へのご褒美が必要ですね。アシタカがいれば苦楽を共にした彼と祝杯を挙げたいところですが、残念ながらそうもいかないので、一人静かに杯を挙げ、喜びをかみしめようと思います。
そういえばサンはイケル口だけどアッシーはどうだったのかな?確かめる暇も無く向こうの世界に行ってしまったけど。いやでも、ヤツのこと、私が一人で祝杯を挙げていればきっと向こうの世界からやってきて「ミチコさん、自分へのご褒美あげすぎじゃない?」なんて言うんじゃないかな。
(2012.3.20)


畑の一番上の段から撮影。
写っているのは上から2段目と一番下の畑。間が見えませんが、細長い段々畑が全部で7段あります。この全てがもとは雑木林だったことを思うと、よくぞ、ここまで、と自分を褒めずにいられません。




さて、どうする?
畑の奥の竹薮から竹が押し寄せてきて、数年前から少しずつ畑の中にも。

どこの畑でもこれで困っているようですが、さてさて、ミチコ・ファーム、どうしたものか?

猪対策のワイヤーメッシュの柵の向こう側は重機を入れてやっつけようと思っているけど、その重機が入るかどうか、やってくれる人が見つかるかどうか。

そして、柵の内側は・・・これはもう、手作業でやるしかないわけで・・・。

この夏もまた、厳しい厳しい肉体労働に明け暮れるのです。
体重がどこまで落ちるか、見物です。

それにしてもミチコ・ファーム、次から次へと難問がもちあがる畑です。もう、笑うしかない!
(2012.6.23)


どうですか?この景色!
放射能を吸収してくれるありがたーい竹ではありますが・・・ム・ム・ム・ム。




重機の威力
竹問題のその後。

重機で竹をやっつけてくれる業者が見つかり、作業開始です。
といっても猪対策用の柵の外側だけ。重機の足場とアームの長さの問題から策を超えて届くのはせいぜい1メートル、とのことで、内側はほとんど期待できそうにありませんが・・・。

それでも、畑に来てこの姿を見たときはホント頼もしく感じました。
一日で段々畑の上から2段目と3段目の奥の竹が寄せてきていた処はほとんど根をほりあげられ、畑の眺めも一新されました。
あとは4,5,6段目の奥を残すのみ。
あっ、それと重機が届かない柵の内側の私がやるべき手作業と。
(2012.7.8)


「ユンボ」という名前の機械です。
うぅーん、ホレボレ。




重機の威力・続き
ユンボで押したところはすっかり竹の痕跡すら無くなり、ホッとしています。
業者の方の話では毎年春に竹が出たのを押し倒して行くように、とのこと。それでも、竹の勢いに押され、数年後にはまたユンボの出番となるらしい。つまり、数年ごとにその費用が必要になる。
竹林の持ち主になんとかしてほしいところですが、転売転売になっているらしく、持ち主はわかりません。
持ち主さん、もし、万に一つもこれを見ていたら、どうぞ、名乗り出て、なんとか対処していただけませんか?
無駄と知りつつ・・・
(2012.7.24)


ユンボ+二人の屈強の業者さん。




またまた・・・
イノシシの襲撃です。
頑丈な柵が持ち堪え、侵入は許しませんでしたが早急な補強が必要です。

まるで気でも狂ったかのように柵の外側をおよそ20mに亘り掘り返しています。怒り狂っている様子が目に見えるようです。
さらに、大雨で内側からも崩れてきているところもあり、今度来られたらマジでヤバイ!
目白押しのいろんな作業を後回しにして補強作業を最優先にします。
(2012.7.26)


これ、水害じゃないですよ。
なんと、次々に仕事が降って来ることか!
そして、いったいいつまで力仕事をしなくちゃいけないのか!
この暑さでついつい愚痴も出ます。

いやいや、愚痴なんて言ってる場合じゃない。働くぞぉ!




やっぱ、カワイイって得だわ。
遂に侵入を喰い止めたイノシシに代わり、今、畑を荒らしまわっているのはナント「うさぎサン」。

あれだけ立派に育ったカリフラワーやブロッコリー、芽キャベツの苗ですが、畑に定植した途端にウサギの餌食となり、慌てて買ってきた苗も、遅れて育てた苗も全て同じ運命を辿りました。
さらに、成長点が残っていてどうにか育ち始めたものも結局は二度喰いされ、ほぼ全滅。

えっ?どうして犯人がウサギだと解るのか、ですって?
一昨日と昨日、二日続けて目撃しましたから。
モフモフしたベージュの毛に被われた耳の小さな子でした。私の目の前をピョンピョン跳ねて行きました。
思わず「あんたやったと!?うさぎサン!」と声に出してしまいました。

それにしても同じ畑を荒らす困り者でも、イノシシやアナグマと違ってどうも憎めません。あの可愛らしい姿!
思わず、「どうぞどうぞ、みんな食べちゃって!」と言ってしまいそう。
イノシシやアナグマが待遇の違いに腹を立てているでしょうね。
(2012.10.14)


こんな風にきれいに舐めたように食べてしまいます。
しかも、お行儀よく畝の端から順番に。