丘の上だより

見納め?

サルはついに丘の上の畑に入り、熟れ過ぎたキュウリを持ち去っていたわけですが、
よくよく見渡せばあったはずの里芋の葉が見えず、
そばまで行って愕然!
すっかりきれいに持ち去られておりました。
葉っぱだけ残して。

里芋はあと1ヵ所、新しく借りた畑を残すのみとなりました。
すっかり弱気になっている私はこの光景、見納めと思い、写真に残しました。

「赤芽」という品種の里芋です。
実に立派に茂っています。
枯れ始めたので毎日の潅水を欠かしておりません。

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こちらはピーナッツ。
アナグマから守り、カラスから守り・・・
そしてついにサルに奪われるか?
と、どこまでも悲観的な私(笑)

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野生のサルと付き合うというのはどういうことか?
これまで神様からたくさんの宿題をもらったけれど、
今回が一番の難問。
答えが出ない。
答えを求めて、声が欲しくて、毎日畑で自問自答を繰り返しているけれど・・・。

確かにサルが現れる前は、サルが出たら止めよう、と思っていました。
でも、いざこうなってみて、こんな楽しいことそう簡単に止められるか!
との思いが強く・・・。かといって良い対策もなく。
そんな中で今年、「イヌビワ(ヤマイチジク)」がたくさん成っており、いつもは鳥に食べられるのにそんなこともなく。
それで昨日、アンナちゃんと二人沢山摘んでジャムを作りました。

ジャムにする前

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ジャムにすると・・・

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そして、思った。

サルに収穫を奪われても、干ばつであらゆるものが枯れていっても、
こうして神様は何かをいつも準備してくれている。
普段口にすることのない野生の果物の美味しいこと!

野生動物と付き合うとはこういうことかもしれない。
つまり、どの道、自然農とは労働を全て食に代えることはできないのです。
気候次第、環境次第。
そういうものと、つまり、野生動物も含めて自然とどう折り合いをつけていくか?
なのだと。
労働を全て食として手にすることはできずとも、食以外のものを大いに私は手にしてきたではないか。
自然への畏敬の念、自然への感謝の心

うん、やっぱりこんな面白い事止められんわい!

サルが来た日から・・・

以前から、「サルが出たら止めよう」と思っていました。
そのサルが我が家の庭先に現れたその日からずっと悩んでいます。
止めるべきか、続けるべきか?

あの日、サルはご近所の作物を食べたけれど、うちのは(家の庭と、それから家のそばにも小さな畑を借りて作っています)食べられなかった、と思っていたら、なんのなんの数日前、気づけば庭の一番奥に植えていた里芋を全部きれいに掘って食べ尽くしていました。

丘の上の畑に入られるのも時間の問題かなぁ(涙)・・・。

今、必死で冬野菜のための畝づくりに励んでいるけれど、これだけ苦労しても全て台無しになるかもしれない、と思うと・・・。

それに、雨も降らず、土はカチカチ。畝づくりで腕は痛み、作物は枯れだしています。
干ばつとサルのお蔭で悩ましく暑い夏が続きます。

そんな夏、唯一といっていい立派な収穫がこちら
「ロングデニース」という種類のズッキーニ
一昨年、一草さんからいただいた種から育ちました
普通のズッキーニより大きく身が締まり味が濃いのが特徴
こちらはアナグマに狙われていたのを支柱を立ててそれに登らせたり(ツル性です)して、どうやら収穫にこぎ着けました
アンナちゃんお勧めの食べ方(ニンニクと味噌で炒める)で頂いています
苦労しただけあって涙が出そうに美味しいです

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春が来た!-2

菊芋を植え・・・

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ジャガイモを植え・・・

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畝を立てる・・・

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ジタバタの春がやってきて、すでに気が狂いはじめています

にもかかわらず、「ファームステイ」なるものを始めようとしている自分が笑えます

ま、最後の、そして終生の仕事

焦らずボチボチ、ただ一人の人にでも、自然農の喜びを伝えられれば・・・

この貨幣経済の世の中で、人に雇われて働くということはすなわち「滅私奉公」をするということ。その滅私奉公の中でも私が自分を見失わずにいられたのは「自然農」のお蔭。

そしていま、自分を見失いたくない思いの人にそのことを伝えていきたい。そしてそれをヒントにその人が自分らしい生き方を見つけることにつながるなら・・・などと思う春の宵です