第二百三十一信 ”気付かせてもらったこと”

畑でふと気づいた。これは私の「業(ごう)」なんだ、と。

「業」というと仏教用語で「前世のむくい」というような意味らしいけど、それだと暗いイメージなので、私は勝手に「生まれたときに神様が与えたその人が人生で果たすべき役割、仕事」というふうに解釈しているのですが、そういう意味で自然農の仕事は私の「業」なのだと気付いたのです。
私はこれをするためにこの世に生を受けて、今も生かされているのです。
私の身の丈に応じた私の「業」は僅かなりとも地球のためになっているはず。ああ、そういう「業」を与えられて良かった!
そして、その「業」は私だけのための「業」なわけで、だれかに継いでもらおう、なんていうのはあり得ないことなんですよね。
先日、健康道場の吉丸先生とお話しさせていただいた折、吉丸先生が、「この私のやっていることは私一代限り!」ときっぱりおっしゃって、その言葉が妙に心に引っかかっていたけれど、今日、畑で「ああ、あれはこういうことなんだ」と得心しました。
心のどこかでこの自然農の畑を息子に継いで欲しい、という思いがあったけれど、自分の「業」を人に押し付けるなんてことはできません。
地球の反対側で今もプー太郎の息子にも彼の「業」があり、無意識のうちにそれを探す旅の今まさに最中なわけで。そういう風に人はみな、知らず知らず自分の「業」を探しているのでしょうね。
それを見つけた私は幸せ者です。

「心ひとつのおきどころ」・・・吉丸先生のお言葉が胸に響きました。
私も私の「業」に心を定めて、ぶれることなく、身の丈に応じた自分の役割を果たして行こうと思います。

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ぶれずに「業」を果たします・・・でも、お手伝いは大歓迎!
今日は弟(樹乃里)に畑の雑木の伐採をお願い。
さすが庭師。足場の悪いところにもスイスイ入っていって、まるでハムでも切るようにチェーンソーで雑木を切ってくれました。

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